イカれ召喚士パンツ ~無能過ぎて召喚対象に馬鹿にされてます~

でぶ殿下

第1話 始まり

 そこは村だった。


 平凡な村。どこにであるような村。


 その村に1人の男がいた。


 平凡な男。どこにでもいるような男。


「おいパンツ。終わったか」


 男はパンツと呼ばれていた。パンツは立ち上がって、額の汗をぬぐった。


「うん。これ」


 パンツは右手を差し出した。そこには緑色の耳が3個置かれていた。明らかにニンゲンの耳とは異なる形状をしている。


「相変わらず解体だけは上手いな」


 パンツと相対する男は3つの耳を奪うように持っていった。


「あの、ガンヌ」


「なんだ?疲れたのか」


「いや。そうじゃなくて」


「言っておくがお前に拒否権はない。俺達の命令は絶対だ。いいな」


「ボクは」


「次は親父のところに行ってくれ。頼みたい仕事があるとよ」


 ガンヌと呼ばれた男は右手をヒラヒラさせながら立ち去った。パンツは右手を差し出した状態のまま、ガンヌの背中を見つめた。


 パンツはまたもや、ガンヌの鼻毛がヴィクトリーしている事実を伝えられなかった。




 ★★★★




「パンちゃん、いる?」


 パンツは立ち上がり、扉を開けた。女性が立っていた。赤茶髪が肩の上で揺れている。


「これ、作り過ぎちゃったから。食べるかなと思って」


「ありがとう。ミラ」


 ミラと呼ばれた女性はニコッと笑いながら手提げカゴを差し出した。良い匂いがする。彼女の得意料理であるフルーツパイだと分かった。


「子供たちは大好きなんだけどね。ガンヌが全然食べなくて。ほら、あのヒト甘いの苦手でしょ?」


「うん」


 ミラは幼馴染だった。物心ついた時からずっと一緒にいた。綺麗で優しくて、少しおっちょこちょいなところもあって。総じて可愛い女の子だった。


 周囲はパンツとミラが結ばれると思っていた。パンツもそう思っていた。


 だが、ミラが選んだのはガンヌだった。


「あ、じゃあそろそろ行くね」


「あの……」


「ん?」


 パンツは何かを言おうとした。だが何を言えばいいのか分からなかった。少しでも彼女を引き止めたかったのかもしれなかった。


「いや、何でもない。またね」


「うん、また。たまにはこっちの家にも顔出してね。子供たちも会いたがってるから」


 ミラの姿が見えなくなってから扉を閉める。


 パンツは手元のフルーツパイを見つめた。


 空腹なはずなのに、何故か食欲は失せていった。




 ★★★★




 結局フルーツパイは完食した。パンツは切り替えの早い男だった。


 いつも通り30分程瞑想した後、地下に潜る。


 パンツの家は狭苦しい平屋だが何故か地下があった。いつ作られたのかは分からない。母親が生まれる前から存在していたらしい。


 地下にはたくさんの本が置かれていた。学術系のものから物語を紡ぐものまで、多種多様の蔵書が訪問者を迎える。


 地下の空間はパンツの先祖が少しずつ貯蔵していった結晶だった。パンツの母親が購入した本もいくつかある。パンツが買ったものはない。そんなお金はない。


 パンツは読みかけの1冊を手に取った。今読んでいるのは魔法書だった。光魔法の中級編。パンツには縁のない分野だが、知らないことを知るのは楽しかった。


 本を読むのが1日の中で一番好きな時間だった。パンツの至福は本と共にあった。


 本さえあれば、他には何もいらない。


「……………」


 そう思っていた。




 ★★★★




 パンツは村長の家を訪れた。


「おお、来たか。とりあえず屋根の補修と矢の補充、も頼む。あとは何かあったかな」


「馬小屋の掃除もやってくれ」


 村長の後ろからぬッと現れたのはガンヌだった。ガンヌは村長であるガングの息子だった。


「はい、分かりました」


 パンツは返事をして部屋を出て行こうとした。しかし「おい」の一言で止められた。


「パンツよ。最近は真面目にやっているようだが、少し前のように無断で休んだらどうなるか分かっているな?お前の命は私が握っていること、ゆめゆめ忘れるなよ」


「…………はい」


 村長はニヤニヤ顔を浮かべていた。ガンヌも同じ顔をしていた。


 借金があることを村長に知らされたのは、母親が死んで10日後だった。最愛の人の死に加え、この先1人で生きていかなければならない事実に絶望していたパンツは、どういう反応をすればいいか分からなかった。


 借用書の持ち主は村長だった。借主はパンツの父親。既に他界している。


 借金額は途方もない数字だった。生涯かけても返せなさそうな額だった。


 パンツは持ち前のネバーギブアップ精神で何とか状況を打破しようとしたが、精神力で乗り越えられる問題ではないことは明白だった。


 母親の死から10年。この10年間、パンツは村長の言いなりだった。毎日死なない程度にこき使われていた。村長の息子であるガンヌからも命令された。それでどれだけ返済できたか分からない。村長に聞いたがはぐらかされた。


 半ば奴隷のような扱いにパンツは1度プッツンした。なぜ父親の借金のせいで自分がこんな目に遭わなければいけないのか。なぜ誰も助けてくれないのか。なぜ世界には理不尽が溢れているのか。


 しかしパンツには行くところが無かった。そして人脈もお金も無かった。結局村に戻り、村長にこっぴどく叱られた後、再び元の奴隷生活に戻った。


 パンツは生きていた。


 ただ、彼に待っているのは閉ざされた未来だけだった。




 ★★★★




「ふぅ………面白かった」


 パンツは光魔法中級編の魔法書を閉じ、元々あった場所に戻した。


 普段ならば考察やら反芻やらするが、こと光魔法に関しては埒外過ぎた。単純な読後感で満足していた。パンツはそういう男だった。


「さて」


 本棚を見渡す。次に何を読むか。この時間もパンツは好きだった。


 比較的難解な本を読んだため、次は単純明快な物語調のものを手に取りたい。そういう気分だった。


 あちこちに視線を投げる。良さそうなものはないか。勇者が魔王を倒す系のものでよい。かつ味方の裏切りにあって一度闇落ちすれば素晴らしい。


「…………あれ」


 パンツの視線が止まった。明らかに他と一線を画す本があった。


 全体が真っ黒で背表紙には何も書かれていない。装丁は立派で明らかに目立ちそうなものの、その反面自身の存在を隠すような雰囲気も持ち合わせている。


 パンツは本棚から黒の本を抜き出した。存外に分厚い。読破するのに1週間では足りないと感じた。


 表紙に目を落とす。一瞬文字がぼやけたものの、すぐに元に戻った。声に出して読む。


「し、しょうかん、まほうのしょ……?」


 しょうかんまほう、召喚、魔法。頭の中で理解を深めていく。召喚魔法。聞いたことはある。そんなレベルの魔法だった。


 表紙をめくる。するとヒラヒラ紙が地面に落ちた。拾う。文字がツラツラ書かれている。パンツは文字列を目で追った。


『表紙の文字が読めた子孫へ。たぶん子孫へ。子孫だよね?子孫であることを願う』


 ふざけた文章に多少辟易したものの読み進める。


『この本は私の曽祖父のそのまた父の更に父の、えー、なんかめっちゃ祖先、祖先の持ち物である。彼は異なる世界からやってきた異星人……いや、世界の理から外れたもの……的なヒトである。すぐに死んだらしいけど。彼は異世界特典みたいな感じでこの本を授与されたらしい。すぐに死んだけどね。辛うじて子孫は残したっぽいけどね。私が証明です』


「……………」


 呆れを覚えつつも頑張って読み進める。


『何が言いたいかというと、この本は選ばれたモノにしか読めない。凡人が目にしても表紙すら何を書いているか分からない。まるで別世界の言語と相対したかが如く。つまりこの本のタイトルを読めた君は、初代様の血を色濃く受け継いだか、もしくは何かの偶然で別世界の血が濃くなった者である。とりまおめでとう。おめでとうと私は言いたい。この本を読めた君は、今よりも人生を豊かにする可能性を手にしただろう。使いようによっては一生の富を築くことさえ不可能ではない。世界の中心に近付くことも出来るかもしれない。だが使い方を見誤れば、初代様のように短命で終わるだろう。全ては君次第だ。我が子孫よ。子孫。子孫だよね?うん、子孫よ。どうか君の人生に幸多からんことを。この本の研究に全人生を捧げた祖先より』


「……………」


 パンツは思った。


 祖先めっちゃノリ軽くね?と。




 ★★★★




 翌日。


 パンツは地下に降り、再び黒の本を手に取った。中々にエキセントリックな祖先だったものの、その口上には心惹かれたものがあった。


 悪戯の可能性は否定できない。だが警戒心よりも好奇心が勝った。


 暗雲立ち込める人生に一筋の光が差すかもしれない。ほんのり希望を覚えつつパンツは1ページ目をめくった。



 ◆初めて召喚魔法を使うあなたへ◆

 ・まずはリストから召喚対象を選びましょう。悩む必要はありません。直観こそが素晴らしい出会いの第一歩です。

 ・召喚対象を選んだら、その名称を声高に叫びましょう。今だけは世間体を無視して大声で喚き散らしてね。

 ・あなたの選んだモノが召喚されたら成功です。もし召喚できなければ、あなたの魔力が足りていない証拠です。魔力アップに努めるか、他の対象を選んでください



「おお」


 パンツは感嘆の声を上げた。どうやらこの本は、文字通り何かを召喚するための媒介らしい。


 ページをめくる。単語の羅列が目に入った。召喚対象のリストだと見当付けた。


 ゴブリン。コボルド。リザードマン。オーク。知っている名前だった。ゴブリンやコボルドはたまにガンヌが狩っている。


 リザードマンやオークは現実世界に存在していることは知っているものの、村からほぼ出たことが無いパンツは1度も目にしたことが無かった。文献で知識だけは知っていた。


 その他にも召喚魔法書に載っている名前のほとんどは魔物の類だった。中にはドラゴンやフェンリルなど到底召喚出来なさそうな最上級モンスターの名もあった。


 パンツはめくる。パンツめくり。めくるめくめくる。物凄い速さでめくっていく。読書をこよなく愛する彼にとって速読など造作もない事だった。


 召喚対象リストの最終ページに辿り着く。ここに来て初めて見慣れない名があった。しかも2つ。数ある文献を読破してきたパンツにとって、知らない魔物が存在することは衝撃だった。果たして魔物かどうかも怪しい。


「みかん箱………」


 途中まで呼び上げてやめる。危ないところだったと冷や汗をかく。魔法書の説明欄には『召喚対象を選んだら、その名称を声高に叫びましょう。』と記載されていた。名前を口に出すことで偶発的に召喚されていたかもしれない。頭脳明晰なジーニアス借金家であるパンツのファインプレーだった。


 パンツは悩む。彼はこう見えて珍しいもの好きだった。少年心を忘れないアドベンチャー気質とも言える。彼の中で召喚対象は2つに絞られていた。


 みかん箱は捨てがたい。ハッキリ言って意味が分からない。分からないからこそ興味がわく。召喚出来るモノならしてみたい。しかしながらもう一方も同じくらい意味が分からない。


 ワクワクが止まらない。パンツは久方ぶりに興奮を覚えていた。


「…………よし」


 パンツは決めた。彼は決断の早い男だった。


 果たしてこの本が本当に召喚魔法書なのかも分からないし、自分に召喚できる資格があるのかも分からない。だからこそ悩まない。何も召喚されなくて当然、何かが召喚されたらラッキー。その程度の心持ちだった。


 パンツは息を大きく吸い込んだ。地下なので叫んでも問題ない。大声など滅多に出さないが、彼はやるときはやる。そういう男だった。


 そしてパンツは声に出した。


「ぷ……プラスチックペンギン!」


 次の瞬間。召喚の魔法書から輝きが放たれた。


 -----------------------------------------------------------------

 召喚対象:プラスチックペンギン

 魔力確認:クリア

 最終確認:クリア

 -----------------------------------------------------------------


 パンツの前に文字列が現れる。空中に浮いていた。見たことも聞いたこともないテクノロジーだった。


 魔法書からの輝きが最高潮に達する。パンツは体中から力が抜ける感覚を覚えた。何か大事なものが抜き取られていくような悪寒を感じた。


 パンツは耐えた。忍耐力には自信があった。


 体感5分程度の忍耐が続き、ようやく光が収まった。身体を走る悪寒も消えている。


「はぁ……はぁ………終わった?」


 茫然自失で床に座り込み、荒い呼吸を繰り返す。パンツには何が起きたか理解できていなかった。ただ何となく、失敗した感覚は無かった。


 視線を床にやる。ふと見慣れないモノが目に映った。手をのばし、触ってみる。


「ふぉっ!?」


 モノが飛びあがった。どうやら床に転がっていたらしい。立ち上がった影響で全体が露わになる。


 3色で構成された生き物だった。白、黒、黄。腹部が白、鼻らしき部分と足元が黄色、それ以外は黒という配色。全体的に丸みを帯びており、指先は平べったい。全長はパンツの半分もなかった。


 見たことのない有機物だった。その生き物はくりっくりの眼であちこちを見渡した後、パンツに視線を合わせた。


「うわ、マジ?召喚されてんじゃん。さげぽよかよ!」

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