第7話 言葉と、初恋

彼女のどこが好きかと問われれば、それは首をかしげるほかない。


つまりは理由も意味もへったくれもなく、ただ単純に好きなのだ。


「教科書の143ページから……」


現国教師が黒板に向かい、チョークで何かを書きつけていく。その様子をぼんやり見つめながら、私は教科書を適当にめくった。これだけ文章がつづられているのに、言葉が並んでいるのに、彼女について余すところなく表せる日本語はひとつたりともない。それをどうにか、自分以外の人にも理解できるような言い回しにするのなら。


「初恋」


この2文字が当てはまるのではないか、と私は勝手に思っている。

まぁまず他人に向かって「あの子が初恋なんです」なんて紹介しないし、自分から彼女に向かって「私の初恋はあなた」とは言わないし、そもそも言語で感情のすべてを表現できるほうがおかしいというか、あくまで言語は感情の輪郭に過ぎないし。


などと、益体もないことを延々と考えている。

そうでもしないと、脳には勝手に今日の放課後行われるであろうデートの妄想がとりとめもなく流れてしまって、授業どころではないから。シンプルに怖い、ウイルスにハッキングされたパソコンってこんな気持ちなのかな。あまり考えないように。


彼女の髪が短くなっても、長くても好きだ。

背が低かったあの頃も、すっかり成長した今も。

昔からずっと無茶ぶりを振ってくることも、意外と頑固で偏狭な性格も、それでいて人間関係ではドライなところも、幼なじみの私にはわりと愚痴をこぼすところも。


常に移り変わる「彼女」という人が、絶え間なく好きだ。不思議。

しんとした教室に、誰かの朗読の声が響く。彼女の背を見つめる。意味はない。


私の視線に気づいたわけでもあるまいに、彼女はちらりと首を回して私のほうを振り返る。たぶんこれはあれだ、朗読の順番を見て自分が読むところを先に見つけようとしているやつだ。目が合う。にやりと微笑む彼女。違う、私のこと見てんじゃん。


スローモーションにも思えた視線の交錯は実際のところ一瞬で。

そのくせ永遠にも感じて、初恋の効力を思い知る。一緒にいるときは気楽に、安穏として過ごせるのに、こうして妙に距離が空くと時間の進み方が変に重く長い。もしかしたら重力が影響しているのかもしれない。早く解明されてほしい謎。


やがて順番が来て、彼女の声が響く。

いつもよりうわずった声音に、今は隣にいないのだと否応なしに自覚させられる。

あいつ、私の前だと結構低めの声になるもんなぁ。それがいいんだけど。


「はい、ありがとうございました」


彼女の次の人で朗読が終わり、また教師が黒板に向かい合う。

その隙を見計らってか、それともおかまいなしにか、彼女は退屈そうに頬杖をついて彫像のように動かなかった。またよからぬ無茶ぶりでも考えているのか、それとも私のことを考えているのかしらん、なんちゃって。浮かれてみる。


そんなはずはないって、ずっと昔から知っているのに。

初恋は叶わないって聞くし。


それでも好きなのは仕方ない、初恋だから。

この言葉にはキラキラ輝く希望と同じくらい、煮詰まった諦めが存在している。


初恋。

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