第6話 SHRと、初恋
デート。その3文字が私の日常を変にしている。
まぁよくよく考えれば、放課後にふたりで遊んで帰るのは変どころか当たり前で、行先がカフェであることにも違和感はなく、つまるところは現国で言われるところの「表現の差異」だろう。
まさかこんなところで言葉の意味を実感するなんて思わなかったけど。
おそらく、たぶん。
ちらりと彼女の背に視線を投げる。
いつも通り、いつもの時間のショートホームルームはつつがなく進行している。定期考査がいつだとか、いよいよ迫った長距離走大会がどうのこうのとか、担任の話は聞こえているのに私の心ではデートの話題でもちきり。
ただふたりで遊ぶだけなのに、デートという言葉だけでここまで舞い上がってしまうのは、悲しいかな惚れた弱みというやつだ。つまるところ私は彼女に対して永遠に勝てない、ずっと弱みを握られて今後一生生きていくのかと思ったら急に怖くなってしまった、担任の話に意識を向ける。
「進路希望調査のプリント、あと出てないのは美園と大塚だけだ。あとで出すように」
針でつつかれた風船のように、浮かれていた気持ちが現実に引き戻されて落ちた。進路希望調査、そういえば出そうと思って忘れていたどころか、まず書いてすらいない。あいつ、なんで教えてくれなかったんだと彼女の背をにらんでみるけど効果はなかった!彼女が飛行タイプなら私は地面タイプで間違いはない、性格的にも。
「はぁ」
思わず吐いたため息に、隣の席の笹川がギョッとしたように私を見て目が合った。笹川は中学生のときからの私の友達だけど、今年初めて同じクラスになった。漫画やラノベが好きで、休日はおおむねアキバや池袋に出かけるという古のオタクめいた女である。無論、彼女とも知り合いで、会えば「よう」くらいの挨拶は交わす、と思う。
よくよく考えなくても、自分は彼女のことしか見てないんだなぁ、などと自画自賛。どこがだ。
担任が教壇を離れると、1限が始まるまでのつかの間、再び騒がしさを取り戻す教室。ここぞとばかりに笹川が私に体を寄せ、話しかけてきた。
「美園、調子悪いの?」
調子は悪いどころか、むしろ良いまである。
良いのが問題というか、問題がないのが問題というか、彼女がデートの3文字に動揺せず、言った本人たる自分がいちばん言葉に翻弄されているのが問題であった。完。
「あー、笹川ってデートしたことある?」
しょうもないと思いながらも会話を振ってみる。
「ゲームのなかでは毎日しているが?」
予想通りの答えに頬が緩む。
そんな私を笹川が見逃してくれるはずもなく、
「あっ、バカにしただろ今」
と、詰められてしまった。笑みを引っ込め謝罪。
「ごめん」
「まぁいいよ、どうせ美園のことだからまた」
その続きを待ったけど、笹川は複雑な表情で黒板のほうを見つめていた。視線の先には彼女の背がある。なんだなんだ。
まるで私の初恋がバレてるみたいじゃないか。
私の大切な初恋が。
「美園、がんばれー」
笹川は適当な調子で言う。確信犯だった。
それだけ私が普段、彼女のことを見つめているのがあからさまってことなのだろうか。客観視したくない、にわかに信じたくない事実。
まぁでもほら、初恋だから。
初恋だからさぁ。
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