第5話 更地と、初恋
「さむー」
彼女が言った。
ブレザーのポケットに両手を突っ込み、マフラーで口元を隠している。昨日同様、丸出しの膝小僧が快晴の青空に惜しげもなく晒されていた。
私は冬の朝が結構好きだけど、彼女は違う。
その理由は挙げれば挙げるほどにポジティブとネガティブに真逆で、まぁ私の理由には彼女がいるならどんな季節でもバッチコイというかなんというか妙に気恥ずかしい文章だったな今。
「じゃ、行こっか」
声をかけ、見慣れた通学路を片道20分、彼女と登校していく。幼なじみという関係性に1ミリたりとも欠けのないほど私たちの家は近くて、小中高と同じ学び舎に足を運び、こうして10年目。
この地域だけなのか、それとも一般的にそうなのかは知らないけど小学校の横に中学校、そのまた奥に高校がある立地だけあって、この通学路との付き合いも10年になる。小学生のときはあった駄菓子屋や、中学生のとき新しくできたカードショップ、それらの景色は見慣れたを通り越してもはや当たり前。その割には、どこかの建物が更地になっていたら何が建っていたか思い出せないほど、私たちの記憶力は景色に対して無力だ。
「あれ、ここなんだっけ」
彼女が指さした更地は、たしかに1週間前ならば一軒家かビルか建物が存在した場所で。
うろ覚えの知識を総動員しても、その土地に関する情報は驚くほど出てこない。まだ荘園とか墾田永年私財法のほうが身近であった。私たち、勉強が仕事の高校生ですので。
「あー……家?」
家から高校までの中間地点、土がむき出しになった更地が1ヶ所。仕事を終えたと思しき重機がぽつんとひとつ、まったいらの地面に取り残されていた。そこに建っていた何かを思い出そうとして思い出せなくて、私は朝ごはんの目玉焼き分のカロリーを無駄に消費した。
彼女がぽんと手を打ち、ようやく回答。
「あっ、あれだ、お茶屋だ」
「あー」
言われてみればたしかに、であった。
そこにあったのは昔ながらのお茶屋さんで、私たちがランドセルを背負っていた頃はまだ開いていた記憶がうっすらある。いつの間にか閉店、そして建物が取り壊されて更地になるとは……さすがに月日の流れを感じざるを得ない。
「入ったことあったっけ?」
「ないよ」
「だろうね」
お茶はどちらとも好きじゃない。
どちらかといえばコーヒー派だし、和菓子よりも洋菓子が好きだし。他の人はどうか知らないけど、私たちは食の好みがわりと近くて似ている。
「美園」
急に名前を呼ばれて、無意識に心臓が跳ねた。
そのあとにろくでもない提案が続くのは、この通学路と同じくらい既知の事実。
「帰り、カフェ寄って帰ろ。美園の奢りで」
ほら、やっぱり。
腕を振って歩きたい気持ちを抑えて、ブレザーの袖のなかで強く拳を握る。ふと脳内に浮かんだ、イタズラめいた言葉に戸惑いながら更地を見た。
いずれ忘れるのなら、言ってもいいんじゃない?
びっくりするほど代わり映えしない彼女への返答から少しだけ、勇気をもってコースアウト。
「デートしてくれるの?」
彼女は迷いなく答えてくれる。
「もち」
まぁ真意は伝わらないだろうけど、笑顔を見れた甲斐はあったかな。また財布が軽くなる、本当。
だって初恋だからなぁ。
仕方ない、仕方ない。馬鹿みたいな初恋。
次の更新予定
2024年11月24日 19:00
美園ミユカの初恋 空間なぎ @nagi_139
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