第4話 帰り道と、初恋
ふたり北風にスカートを揺らされ、「あったか~い」飲み物で一段落ついたあと。
彼女は急に言う、「運動ってか、太りそうくない?」と。ようやく思い出すのは真冬の公園にわざわざ出向いた理由そのもの。そう、元はといえば私の責任でした。
「あー、鬼ごっことかする?」
「美園、はじめてのひとり鬼ごっこ」
「なんで私がひとりでやるんだよ」
公園に来る発端となった彼女の足は、ほどよく引き締まって堂々と地に立っていた。中学で陸上部に所属し、毎日走らされていたおかげだと彼女はうそぶくけど、3年間ほぼ毎日欠かさず早朝ランニングをした成果だと私だけが知っている。かたや自分は万年文化部で、走るのはもっぱら体育の授業か、年に1度のマラソン大会だけだ。
だからというわけでもないけど、彼女の足には尊敬と憧れが詰まっている。
「えー、見たいよ美園のひとり鬼ごっこ」
彼女の無茶ぶりは今に始まったことじゃない。小学生の頃、同じように無茶ぶりを振られ断れなかった結果、無謀にも私は公園の木によじ登り、下りられなくなって泣き叫ぶという醜態をさらしてしまった。ちなみに彼女はゲラゲラ笑っていた。まぁ、思った以上に高くて飛び降りるのが怖くなっただけで、いま思い出すと全然普通の高さだったけど。彼女とは違って運動神経の悪い私は、当時、体育館のステージからジャンプで下りることすら怖かった。
「ま、やることないし帰ろっか」
と、彼女。昔に比べれば、高校生になった彼女はだいぶ分別がつくようになったし、こうしてあっさりと自分の要求を引き下げることもできるようになっている。本当に小学生のときは破天荒で問題児で、なにかにつけてトラブルを起こしてたから。
早く家に帰りなさいと言わんばかりに、北風は強く私たちの間を吹き抜けていく。
そこで私は思いつく、公園で遊べなくても帰り道で遊ぶ方法があるじゃないか。
「あれやろう、ジャンケンで進むやつ」
曖昧な名称にも、彼女と私は以心伝心。
「グリコ?」
「それ」
「やだ。手ぇ出すの、寒いし」
盲点だった。彼女の両手はしっかりとブレザーのポケットに収納されている。
まーたしかにね、今日ちょっと寒いよねーと適当に相槌を打ってから、私はしばし考える。手を出さずに帰り道で遊べる遊びって何があるんだ。ジャンケンが除外された今となっては、もはや打つ手などないも同然。いやそんなことはない、考えるんだ。
「じゃ、エア石蹴りで帰ろう」
「エア石蹴り」
神妙な面持ちで私の提案を繰り返した彼女。今の表情は少し面白い、写真に撮って残しておきたかった。「エアの石蹴りです」説明すると、「あー」と頷く。
石蹴り自体のルールは極めて簡単で、ここから手軽な石を蹴って家までたどり着けば勝ちだ。家が近い私たちは、よく石蹴りや靴投げで遊びながら帰っては靴を汚して怒られていた。ちなみに蹴った石が側溝に落ちたり、大きく道を外れたりしたら負け。
最終的にふたりともゴールできれば、より大きい石のほうが勝者。
「じゃ、やろうか」
「待って、これ勝負つかなくない?」
抗議の声を無視し、私は運動靴のつま先で虚空を蹴った。
エアだからもちろん石の姿かたちも見えないし、石がどこにあるかもすべて自己申告で進める。我ながらバカな遊び、だけど相手が彼女ならば、まぁそこそこ楽しい。
「蹴った?」
「私の、今そこ」
彼女が指さす先は遥か遠く、公園からギリギリ見える電柱のあたり。
蹴ったにしては飛び過ぎじゃねーか。見えないのをいいことにあれこれ画策するあたり、彼女の地頭のよさが出ている。単純にバカふたりが遊んでいるだけとも言う。
「わー、チートだチート」
近所の小学生男児を真似て騒ぎ立てると、彼女は胸を張った。
「超能力と言ってくれたまえ」
そんなこんなで、私の家の前まで戻ってきた。道中はあまりにも高校生とは思えない幼稚ぶりに感極まった神様がカットしたとか何とか、余白の美とか何とか。絶対「余白の美」の使い方違うだろと思うけれど黙っておく、口は禍の元。
「で、どっちが勝ったの」
「えー、今さら勝敗なんて」
案外、彼女は負けず嫌いな節がある。それがエア石蹴りにも適用されると思わなかったものの、まぁ勝敗は既に決しているというか最初から分かっているというか。
「私の負け」
これがもし、彼女をめぐる勝負ならば私は負けを認めないけど。
だって初恋だから。
初恋だし。
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