第2話 神宮家の朝

カーテンの隙間から僅かにオレンジがかった外の光が部屋へと差し込む。

僅かな光がきっかけか、掛け布団を顔まで被ったなにかがベッドの中でモゴモゴと体を動かす。

雪は解けたとはいえまだ肌寒いこの頃、寒さによって二度寝をする人も少なくないが、ベッドで眠っていた少女は掛け布団をゆっくり自ら剥いで体を起こした。


「ふぁ……」


時計の時刻は朝の4時。この時間帯に起きる人間は、家族の朝ご飯を早起きして作らなければいけない一家の母親だとしても少ないというのに少女_真白は目を覚ました。別に今日が特別な日だとか、そういうわけではない。友達と遊ぶ約束をしているわけでもなく、ましてや学校に行く日でもない完全なお休みだ。


もそり、もそりとまだ眠そうに目をこすりながらベッドの下にあるふわふわのスリッパを、ガラスの靴を履くような慎重さはまったくないがゆっくりと履いていく。そのままのそり、のそりと慌てる理由もないので洗面台へとゆっくり向かった。


部屋から出れば薄ピンクの壁紙が全面に貼られている少女の部屋とは打って変わり、ほとんど汚れもない真っ白な壁、中央に置かれた食事用の少し大きめなテーブル、テレビ、キッチンなどがある部屋が見えてくる。特別面積が広いわけでもない空間は4人暮らしの家族が食事を摂るならちょうど良さそうな広さだ。


それらを全て無視して、この部屋で唯一の洗面所まで真白は向かった。向かった先の洗面所には手洗い用のハンドソープや、洗面所の棚に置かれたなにかとろりとしている液体が入っているボトルだったり、少し水滴が付着しているコップだったりと生活感が垣間見える。


真白はタンスの上においてある籠の中に入っていたヘアバンドを取り出すと、長くもなく短くもない前髪をヘアバンドであげ、ニキビ、シワ、シミ一つないおでこをあらわにする。しかしきれいなおでこより目立つのは、人間にないはずの猫耳のようなものを装着した真白の姿だろう。もちろん、真白は猫でも獣人でもなんでもない、れっきとした人間なのでただ猫耳仕様のヘアバンドを装着した結果こうなっただけなのだが。


「つめたっ…」


棚に置かれていた泡タイプの洗顔で顔をアワアワにして数十秒後、水で流さないわけにもいかないのでバシャバシャと水を顔にかけるが、さすがに冬が過ぎたとは言えまだ肌寒いこの頃、更に早朝ということもあって水が冷たかったようだ。証拠に、口から漏れ出た声以外にも先程からどこか夢見心地のようにぽぉっと伏せ気味だった目が、びっくりしたようにまぶたを大きく上げ、まんまるな黄金の瞳をあらわにしていた。


そしてようやく完全に目覚めた真白は、洗面台の鏡で自分の顔が変じゃないか、まぁ、汚れがついていたり、寝癖がひどすぎたりしないかを確認した。鏡にはこの世界に転生してから何度も見た美の暴力みたいな美少女が写っていたが、人間案外慣れるもの、もしくは自分の顔だからあまり心動かされないだけなのかもしれないが、自身の顔に驚くわけでも、不安がるわけでもなく自然に見つめた。


自身の顔に慣れていなかった頃と比べれば、今の真白の顔は以前より少し大人っぽく、そして健康的になり、より一層美しさと可愛らしさを進化させている。まぁ、真白とてあの頃とは違い初潮も済ませた立派な大人_とまではいかないが、15歳になったのだ。なんならあと少ししたら高校生である。


だが時の流れは早いとは言え、容姿が大人っぽくなったことに説明つけど、健康的になったことの説明はできない。だって真白のあの地獄みたいな環境にずっといれば、健康的はおろか、もしかしたら栄養失調で病院にお世話になる日々を過ごしていたかもしれない。となれば答えは簡単、環境が変わったのだ。


真白_改め、”神宮”真白。

少女には現在、血が繋がらない自身を引き取った、変わった姉がいる。




◇◇◇



時刻は朝の7時。休日だということを踏まえて考えれば、早すぎると言う人もいればちょうどいい時間帯だという人もいるだろう。まぁ、もっと早く起きた私はどちら派でもないけど。


「おはようございます」

「おはよー」


扉が開く音が聞こえてパッとそちらを見れば、予想通りの人がいて習慣化してしまっている朝の挨拶をする。それにいつもより低い寝起きの声で返してくれたその人は、大きなあくびをしながら目を擦っていた。この人は色々あって私を施設から引き取ってくれたお姉さんで、書類上では私の姉ということになっている神宮茜さんだ。色々というのは本当の色々あったんだけど、長くなるしまた今度話そう。


「今日も真白は朝早いわねぇ〜。お、というかま〜た敬語に戻ってるわよ」

「はっ!えっと、おはよう…!」

「うん!かわいいわ!」

「わっ…!」


転生したばかりの頃を少し思い出していたからか、つい敬語に戻っていたことを指摘されたので言い直す。うん、やっぱりまだちょっと慣れない。もうここに来てから5年ほど立つというのに…訂正、やっぱり人間は案外慣れるのが遅いのかもしれない。


するとなにが茜さんに刺さったのかはわからないし、ただそうしたかっただけなのかもしれないけど「かわいい!」と言いながらむぎゅ〜っと私に正面から抱きついてきた。力はそんなに強くないけど、何がとは言わないが茜さんは平均より少しアレが大きいのでちょっとだけ息がしづらい。うッ!抱きつかれるのが嫌なわけじゃないけど、自分のまな板を意識しちゃってなんだか悲しくなるよ!!


「朝ごはんよそうから、その間に顔だけ洗ってこよ。目ぇ覚めるよ」

「…!すぐに洗ってくるわね!」


さっきまで軽く寝ぼけてたはずなのに、朝ご飯と言った瞬間目が覚めるのだから、やっぱり茜さんは私と体の構造が違うのかもしれないな、なんてどうでもいい適当なことを考えながら白米とお味噌汁をよそう。鮭は少しだけ冷めてるから電子レンジで数十秒温め直して、テーブルに今日の朝ご飯を並べていく。


「今日は和食か。美味しそう!」

「んふ、じゃあ冷めないうちにどうぞ」


茜さんが戻ってきたのは私が朝ご飯を並べ終わって、冷蔵庫に入っている麦茶を注いだコップを運んでいる最中だった。すぐに食卓についた茜さんは今日の朝ご飯に目を輝かせる。別に今日だけ特別作りましたとかそんなんじゃないのに毎度嬉しそうに目を輝かせるから、作った此方側としては大変うれしい反応だ。


ことっ。お茶を置いて、私もそのまま席につく。神宮家では用事があったりしない限り、朝ご飯はだいたい一緒に食べることになっている。お昼は私しか家にいないし、茜さんはお仕事があるから別々に、夜は茜さんのお仕事が忙しくて時間が合わない日もそこそこあるので、こうして二人で一緒に食べるのはだいたい朝ご飯のときだ。


ちなみにお忙しい茜さんだが、お仕事はなんと社長だ!まだ設立して1年ほどの会社だけど、世間からの知名度という点においてはそこそこ高い。というのも茜さんの会社はVTuber企業を行っている会社で、最近期待を集めている業界だし、一期生全員が現在チャンネル登録者数10万人を超えているという完璧すぎるスタートダッシュを決めていることもあって、新進気鋭の会社だ。


チャンネル登録者数10万人という響きだけでもすごいと感じるけど、私は知っている。というのもこの世界、前世にかなり似た世界で、大きく違うところがあるとすれば私が死んだであろう日付より数年遡っている時代だということくらいだ。そして私が死んだ頃の時期はVTuberがテレビに出たりCMになったりアニメにゲスト出演したりなどなど、今よりもさらにVTuberの時代が来ていた。


VTuberが流行り始めて、設立わずか1年の会社の一期生全員がチャンネル登録者数10万人超え。これがいかにすごいことか。もし私の予想通り、この世界でもVTuberが更に日の目を浴びる時代が来るとすれば、このまま波に乗って登録者数100万人超えのVTuberを抱えた会社にだってなれるかもしれない。つまり、茜さんがすごすぎるっていうこと。


「あ、そういえばそろそろ二期生を募集しようと思ってるのよ」

「え?…ぁ、VTuberのこと?」

「そう!一期生はもうほぼ身内っていうか、スカウトでやっちゃったけど今回は完全な応募式だから、一期生が頑張ってくれたおかげで応募数も多いだろうしどんな子に出会えるのか楽しみ!!」

「そっか、面白い人が来るといいね」

「ええ!!」


今のVTuberは私が知っている前の世界のVTuberとは違ってアイドルを売りにしてるところが多い。まぁ、VTuber自体前の世界でもはじめはアイドル売りだったのかもしれないし、この世界でも後々キャラが濃い人達がVTuberとして受け入れられるようになるのかもしれないけど。


だけどそんなアイドル売りが多い今のVTuber業界で、茜さんの会社で行っているVTuberプロジェクト、starli!のライバーはキャラが濃い人が多い。ネットでstarli!について書かれていた文章を引用した場合、いい意味で”アタオカ”が多い。そしてそんなキャラが濃いライバーをリスナーに受け入れさせている手腕は流石だと言える。もちろんライバー本人のキャラ、実力あってこそだけど。


「まあその前に真白の入学式よね!もうそろそろ高校生だけどどう?緊張してない?一人で行ける?」

「そんなに心配しなくてももう少し先だよ。まぁ、学校に行くのは久しぶりだけど大丈夫!・・・それに、私もがんばって、友達、作ってみたいし・・・だから、がんばる!」

「・・・そっかぁ」


嬉しそうに目を細めて緩ませた顔なのに、瞳の奥に少しだけ心配な気持ちがチラついたのは多分気の所為じゃない。まだ5年しか一緒じゃないけど、もう5年も一緒にいるからこそ、なんとなくわかる。


私は茜さんに引き取られてから一度も学校に行ってない。小学校は途中から一度も行かなくなったし、中学校も一度学校から離れてしまったからか、拒絶反応が体に出て、それでも行こうと本音を隠そうとしている私に茜さんは気づいちゃって、気づいてくれて、教材だけ用意してもらって普段からずっと家にいる。


前世の記憶のおかげで中学校の内容は結構わかっていたから、完璧にわかっているところを繰り返し教わる時間を違う時間に当てられたのは効率的だったかもしれない。茜さんにこれ以上迷惑をかけたくなくて、捨てられたくなくて、はじめは必死に勉強していたけどしばらくすればそれが習慣化したから勉強をするのはそんなに嫌いじゃない。途中から一人でも人が多いショッピングモールとかに行けるようになって、ここ最近は今までの運動不足を補うように週3でランニングもするようになった。


だからもう大丈夫だと、今度は嘘じゃないと茜さんに話して、通信制の学校に通う予定だった私は、今年から近くにある全日制の高校に通うこととなった。


といっても、全部が全部大丈夫な訳では無い。だってあまりにも真白の過去は重すぎる。拒否感しかない欲を向けられないか、嫉妬の目を向けられないか、いじめられないか、孤独のまま3年間を終えないか、ものすごく不安で、後悔しないかと自分自身に何度も問いかけた。


でもそんなネガティブな気持ちと同じくらい思う。茜さんは優しいし大好きだ。茜さんから繋がった縁で関わってる人達も。もうそれで満足するべきなのかもしれない。でも私は欲深くて、友達が欲しいって思ってしまった。今度こそは、途中退場しないで高校3年間楽しみたいって、普通の子供になりたいって。それに、これ以上茜さん達に心配もかけたくない。そんなことないよって言ってくれるのかもしれないけど、もしかしたらこれは単なる私のエゴに過ぎないのかもしれないけど、普通の高校生をしている、前を見ている神宮真白を見てほしいなって。


後々後悔はするかもしれない。だって人間の心は難しくて、複雑で、めんどうなものだから。だけど断言しよう。この瞬間、この選択をしたことに、今は全く後悔してないって。
















__そして高校登校初日、春。


私はボッチだった。

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転生したら重い過去持ちの子猫系ロリ美少女だったのだが、VTuberになったらめちゃくちゃ甘やかされた 苹果 @marumu222

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