第37話 そろそろ時間切れじゃしの

 幸いにも風向きが僕の味方をしてくれているため作戦を考える時間はまだある。これが西風じゃなくて東風だったら、僕はあのトカゲにもう襲われていたことだろう……。


「あ~ここに来るまで一度も魔物に遭わずに来れたというのに……最後の最後でなんでこう面倒な魔物と出くわすんだよ」


「今さらウダウダ言ったところでどうしようもないことじゃろ? 大きかろうが所詮はトカゲじゃろうて? 何を迷っておるのやら……」


「リンはいいよな~そうやって僕に小言を言うだけで何もしないんだからさ~」


「はあ~? 我はメグルのことを想って助言しておるんじゃが……? そちがそんな風に受け取っていたとは……我は悲しいぞ……およおよ……」


「ああ~ごめん、ごめんなさい! 本心じゃないんです! だから、そんなよそよそしい態度をしないでもらえませんでしょうか? この通りです」


 僕はその場で膝をつきプイとよそを向くお猫様に深々と首を垂れた。すると、リンは「分かれば良いのじゃ」と嬉しそうに僕の頭に飛び乗ってきた。

 普通なら数キロの重さがいきなり頭に乗っかったら首がやられそうになるものだが、リンの巧みな技量によって無傷で済んだ。リンは僕の首を傷めないように中心線ピッタリの位置に重心がかかるように乗っていた。


「で、メグルよ。あのトカゲもワイバーンの時と同じ方法で倒す気かの?」


「そのつもりなんだけど、どうやって口を開けさせようか悩んでいる。あと、石化が怖いからどう近づくべきかというのも悩んでいる……」


「口を開けさせるのは簡単じゃろ? 生物は食事をする際には必ず口を開けるではないか? 石化対策はそうじゃの~服にかかる程度であれば問題ないぞ? 我が仕立てた衣類は全て状態異常とか無効にできるぞ……たぶんじゃがの」


「えっ、この服ってそんなに凄いの……まあリンが用意してくれた服だから、何かあるとは思っていたけど、ただ頑丈なだけじゃなかったんだな。たぶんってのが少し引っかかるけど……」


「陰陽師や妖怪が跋扈ばっこしておった頃は呪術やら呪詛やらで、呪い殺すのが流行っておっての。その対策を兼ねてあれこれと対呪付与するようになったんじゃよ。あっち世界では完封できたんじゃが、こっちの世界でそれが通用するのか試しておらんからの。そもそも石化って呪いかどうかも分からんしの?」


 リンの話を聞く限り、僕が身につけている服はありとあらゆる呪いに対して、絶大な効力を発揮するらしい。この世界において状態異常とされる石化や毒が、呪いに分類されるものなのか判断がつかない。ただ毒草を直接口にしたりなど、物理的に発生した状態異常はこの服では無効にはできない。


 この体液による石化も物理的な方に分類されないだろうか。


 それ以前にあの時うっかり落命草を食べていたら、僕の冒険はそこで終了していた。そもそもいまその説明をするのちょっと遅くない……。


 考えれば考えるほどリンから告げられた安全性について不安が募っていく。

 リンのことは心から信頼しているけど、不確かな状態でいざ実行に移すとなると、その不安からだろうか……顔が体が強張ってしまう。


 その様子を見たリンは飛び降りて、石像のように硬直する僕に檄を入れた。


「試しておらぬのに大丈夫というのは、いささか我としても責任感がなさ過ぎたの。では、今回に限ってはあれじゃな、我の言うままに一度行動してみると良いのじゃ。そうすれば失敗したとしても全て我が責任を持つことになるじゃろ?」


「……でも、失敗した場合は……最悪の結果、僕石化するかもしれないんだよな?」


「まあそうなるじゃろうな~、その時はその時で我が何とかしてやるから大丈夫じゃ!」


 僕はその言葉を信じて足に力を入れて立ち上がり「……分かった。僕はどうすればいい?」とリンに尋ねた。


「良い子じゃ、作戦は簡単じゃぞ? ここから最大妖力で鬼火をあのトカゲに向かってただ投げればいい。あやつに当たりさえすれば良い、口とか狙わなくても良いぞ?」


「僕の鬼火がバジリスクに効くとは思えないけど……リンの指示に従うと決めた以上、やってみるか!」


「にゃはは、メグルその粋じゃ。そろそろ時間切れじゃしの、そちもさっさと準備をしておいた方が良いぞ?」


「……時間切れ?」


 何に対して時間切れとリンは言っているのか理解できなかった。だが、西から吹いていたはずの風がいつの間にか僕の背中を押すように東から吹いていた。その瞬間、僕は悟ってしまった。

 それと同時に、先ほどまで徘徊していたバジリスクがこちらを見据え長い舌を伸ばしていた。

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