第二章 ティタニアル大陸編 クラーク共和国

第36話 あれがただの大きなトカゲだったら

 最高の二度寝をした日から十日が経過したとある昼過ぎ、僕は信じ難い場面に出くわした。


 僕とリンは冒険者の町ソレイユからクラーク共和国を目指して、ひたすら西に向かって黙々と歩いていた。遠方にアライア連邦国とクラーク共和国の境となる国境町が見え始めた頃、それらと僕たちは出遭ってしまった。


 旅人風の石像が乱立する草原地帯に、地を這う巨大なトカゲが一匹ウロウロしていた。


 見た目も動きも元の世界のトカゲと酷似しているように思える。全長十メートルはあるであろう竜種とカテゴリー別された魔物。翼竜のような両翼も生えていない、ただの大きなトカゲだ。空から強襲してきた空飛ぶトカゲワイバーンに比べるとまだ倒しやすそうに思えたが、竜種は身体が巨大であれば巨大であるほど、鱗はより頑丈になり物理も魔法を効きにくくなる。なので、討伐方法としては前回同様に鬼火を食べさせての窒息死が望ましい。


 討伐方法は決定した。問題はあのトカゲの体液を浴びないように距離をとって、鬼火をどうやって食べさせるか……。


 見て見ぬふりをして通り過ぎるのも一つの手かもしれないが、それはできそうにない。このトカゲがうろついている場所が最悪の一言に尽きる。国境町につながる通り道に、このトカゲが常駐するのは往来の妨げとなる。


 ここで僕がトカゲを倒さなければ被害はもっと拡大するかもしれない。いまの僕は身分相応ながらも最上位ランクであるミスリルの称号を得ている。その僕が爬虫類相手に逃げ出すことはあってはいけない。


 冒険者カードが一生失効しないからとはいえ安易に受け過ぎた。だからといって、僕に残された選択肢は快諾以外になかったわけですが……。


「はあ~、あれがただの大きなトカゲだったらこんなに悩むことなんてなかったのにな~」


 竜種どころか魔物の中でもかなり厄介な部類に入るバジリスク。

 眼前に広がる場違いな石像群がなければ、僕はあれが地を這うトカゲバジリスクだと気づかず、彼らと同じ末路をたどっていたかもしれない。


 世界旅行を見据えて事前に魔物大図鑑に目を通しておいて本当に良かった。


 冒険者ギルドには魔物大図鑑と呼ばれる古今東西の魔物が載っている図鑑が置かれている。これは受付嬢に問い合わせをすると冒険者であれば誰でも見ることができる。ただほとんどの冒険者は自ら進んで読もうとはしない。なぜなら討伐依頼を受諾する際に、受付嬢が図鑑を広げて討伐対象の魔物についてひと通り説明してくれるからだ。ただこの説明は毎回あるわけではなくて、冒険者の力量に沿って口頭のみだったり、そもそも説明すらない場合もある。


 僕の場合はなぜか口頭のみばかりだった気がする。はじめて討伐依頼を受けた時から、図鑑を広げて説明してもらった記憶が一切ない。ガレスも他の受付嬢の時でも一度もなかった……説明してくれるだけでも、ありがたいことにはかわらないんだけど、一度ぐらい体験してみたかったかもしれない。


 バジリスクは状態異常に特化した非常に面倒くさい竜種。涙液、唾液、血液の一滴に至るまで、その全てに生物を石化させてしまう成分が溶け込んでいる。刃が通らないため血を浴びることはほぼないのだが、返り血を浴びてもダメだし、もちろんひと嚙みされて唾液が身体についても即アウト。

 しかも、その体格に似合わず移動速度も尋常じゃなく速いらしい。その上、圧倒的な攻撃と防御を備えている……竜種のためワイバーン同様に素材は高価なのだが、それでも冒険者の誰もが戦いたくないと拒否するはずだ。


 その例に漏れずつい先ほど覚悟を決めたはずの僕も、徘徊するトカゲをただ眺めるだけで未だに一歩も動けずにいた。


 前例もあるため倒し方はあの方法で大丈夫はなずだ。ただ問題は体液を一滴も浴びずに、どうにかして口を開けさせなければならない。その解決策がまったくもって思いつかない。ワイバーンも脅威ではあったが、あの時は例え作戦が失敗したとしても傍にガレスがいた。


 例え彼女があの場にいなかったとしても、ワイバーン相手ならまだ命が助かる可能性も残されていた。即死じゃない限りは、回復薬ヒールポーションで命を取り留めることができるからだ。ただ石化はそういうわけにはいかない。ただの一滴でさえも身体にかかると数秒足らずで全身に回る。一度石化してしまうと治癒すらできず行動不能に陥る。


 一応、石化になった人を元に戻す解石薬アンチストーンポーションという薬があるにはあるのだが、残念ながら僕はそれを持っていない。回復薬の数倍以上もするような高価な物をほいほいと買えない。ギースから前払いでお金は貰ってはいるが、もしもの時に備えて極力消費を抑えておきたい。

 そんな勿体ない精神が発動したことで、いざという時の保険すらない僕はいま非常に困っているわけだが、これもまた自分が招いた結果だ、甘んじて受け入れるほかない。

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