第38話 問題なく狩れそうじゃな
「……ふむ、なるほど~。できればもう少し早く教えてほしかったな」
「で、あるか?」
「で、あるよ!」
僕の言葉を合図にバジリスクは地を這うどころか地の滑るような速度で駆けてきた。ただのトカゲならまだしも、十メートル級の巨石のようなトカゲが四足歩行で近寄ってくるのは、笑いがこみ上げてくる。
人間は恐怖を限界突破すると、自然と笑みが浮かぶらしい。ただ不思議なことに僕はとても冷静だった。
仕留めきれなければ僕は彼らのように石像になる。バジリスクの牙が僕に届くまでもう残り僅か、長く見積もっても十秒といったところだろうか。そんな感想すら頭の中で考える余裕があるほどに、僕は現状を把握できていた。
デッキケースから護符を取り出し、妖力を注ぎ込み鬼火を灯す。そして、いつもならここで火加減を調整するのだが、今回は最初っから全力で放った。それは僕がこの世界に訪れてから二度目の全力だった。一度目は言うまでもなく、あの草原で妖術の練習をした時だ。
距離にして残り二百メートル、時間にして約三秒ぐらい。その位置でバジリスクは鬼火によって移動停止した。
放り投げた鬼火がバジリスクに燃え移ったのは、それよりも遠い三百メートルほど離れた地点だった。バジリスクは全身燃やされながらも、獲物である僕めがけて一心不乱に四足を動かし続けていた。その捕食者たる誇りや気概だけは、生物としてシンプルに尊敬せざる負えなかった。
僕は真っ黒に焦げ息絶えたバジリスクを視界に入れつつ、足元でくつろぐリンに声をかけた。
「……倒せたな」
「じゃろ。全力でこれならもう少し火力も抑えても、問題なく狩れそうじゃな」
「で……どうしてリンは鬼火がバジリスクに効くって分かったんだ。つうか……もしかしてだけど、ワイバーンも丸焼きできるって内心では思ってたりした?」
リンの作戦を聞いた時から薄々感じていた。そのことも話のついでに訊いてみた。
「ふむ……分かっておったぞ。そもそもじゃの、我が教えた妖術があの程度の爬虫類に通用せんわけないじゃろ。じゃがまあ~、我が黙っておったからこそ、あの時は小遣い稼ぎもできたことじゃし結果としては上々だったじゃろ」
猫軍師は前足で顔を洗いながら、悪びれる様子もなく僕にそう告げてきた。実際にリンの言うようにそのおかげで追加報酬を手にすることができたし、新しい討伐方法を見出すこともできたわけなので、結果としては上々であることには変わりない。
ただ面と向かって言われてしまうと、少々心にくるものはあるが致し方ないか。
「そうだな。まあそれはいいとして、今回はその小遣い稼ぎはしなくても良かったのか? こんがりやっちゃってるから、もう完全に手遅れではあるけど……」
「今回はそちの妖力を再確認する目的もあったことじゃし……仕方あるまい。それにじゃの、殺し損ねて、のたうち回られたら距離が離れているとはいえ、石像に被害が出る可能性ゼロではなかったしの」
「確かに……」
石像は一か所に集まってはおらず、あちこち分散されている。毒牙にやられないように散り散りに逃げ回ったことで、こんな風になってしまったのだろう。
それから僕は炭化し朽ち果てたトカゲを放置して、石像が無傷か一つ一つ確認しながら国境町に向かった。国境町の手前には検問所があった。そこにいた見張りに事の顛末を報告して対応を求めることにした。
誰一人として国境を通過する気がないようで、検問所前で腰を下ろして談笑している。そのことを誰も注意するどころか、肝心の検問すべき人もその輪に入り和気あいあいとしている。
国が違えば人も文化も異なる。そのことを今頃になってようやく理解した。
クラーク共和国の基礎となったクラーク王国は王家と騎士による中世ヨーロッパといえば、これってぐらいのテンプレ国家だったらしい。その王家に掲げた忠誠心は共和国になった今で朽ちておらず、王族がいなくなった今でも、騎士が守護者としての絶対的な地位を確立している。
そのためアライア連邦国のように冒険者が門番をしていたりなど、国の沽券に関わるような仕事を任されることはないらしい。
つまり、ここで談笑している人たちも絶対に守ってくれると彼らに絶大な信頼を寄せているのだろう。だとしても少しでも自分や他人の命を思うのであれば、避難させるためにも一旦検問を済ませて町に入れらせておけと思うのは僕のエゴだろうか……。
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