第34話 明日朝一に出発します

 魔物を使い魔にするためには前述の通り契約が必須だが、その契約前にやらなければいけないことがある。それは魔物を実力で屈服させたという実績を手にすること。使い魔にしたい魔物を見つけたら一対一で戦いを挑んで、勝利して心を折らなければいけない。相手が戦意喪失して勝てないと思うまで、何度も何度も繰り返さなければならないのだ。

 そのため使い魔を従えている冒険者は、その使い魔よりも強者でならなければいけない。


 ギースの話では例外もあるらしいのだが、詳しくは教えてくれなかった。リンもそこには深く踏み込もうとはしなかった。

 この世界では異世界人の僕も、その例外の上で保護されていたものだと思っていたけど違ったようだ。うちのギルドマスターは冒険者ギルドからも僕を守るために秘匿してくれていた。


 僕のことを思ってそうしてくれたのは嬉しかったし、その二つを提示されていたなら僕もそちらを選んでいただろう。その代わりに、僕はこれから一生ミスリルランク冒険者を演じ続けなければならない。

 今後は今まで以上に能力不足がバレないように気を付けながら生活をしないといけない。そのことを考えるだけでも胃がキリキリと痛む。


 その上、異世界での数少ない知り合い……友人? を残して僕はこの地を去る。何が起こったとしても、その時には僕はもういない。もしかしたら、もう会えないんじゃないかと、これが最後になるんじゃないかと、そんな不安が重りとなって心にのしかかる。だからこそ、僕はクラーク共和国に向かわないければならない。また笑って再会できるようにするためにも、胃痛程度で負けている場合じゃない。




 その後、ギースの説明もひと通り聞き終えたところで僕はリンを一瞥した。すると、リンもまた僕と同じように一瞥し頷いた。リンの様子を見る限り、どうやら必要な情報はもうないようだ。


「――と、私が話せることはこれで全部なのだが、まだ何か質問はあるかね?」


「いいえ、リンも納得したようだし、僕からも質問はありません」


「そうか、ではよろしく頼む。で、出発はいつ頃の予定にするかね? 今すぐと私は最初に言ったが、あれは君たちに状況が切迫しているということを認識してもらいたくて、わざとそう言っただけだから、タイミングは君たちに任せるよ」


 出国する日取りについて聞かれた僕は反射的にリンの方を見ると、さっきと同様にリンはこっちに目を向けていた。以心伝心といいますか、リンもまた僕と同意見なようだ。


 僕は冒険者カードと路銀袋を袖から取り出してテーブルに置いた。更新済みの冒険者カードを手に取り、魔銀貨を袋に入れて袖にしまった。


「では……明日朝一に出発します」


「そうか、分かった。君たちを急かした私が言うのもなんだが……少し寂しくなるな。私は明日君たちを見送りできないだろうから、今のうちに言っておくとしよう。存分にこの世界を楽しんで来るといい、ただし仕事も忘れずにな!」


「はい、行ってきます」


「じゃあ~の」


 僕たちはギースに別れを告げると部屋を出た。


 その際、いつもならガレスが扉を開けて一階まで案内してくれるのだが、今日はそうならなかった。彼女は扉を開けて僕たちに「お疲れ様でした」と声をかけるだけで、付き添うこともなく部屋に留まっていた。ギースとまだ話すことがあるのだろうと、それほど気にも留めず「お疲れ様」と返して、その日は別れた。


 その後、いつものように猫泊亭に戻り、ニーナたちに明日この町を発つことを伝え、少し早めの晩ご飯を食べて就寝した。

 トニアさん、ナルガスさんは別れを惜しむ素振りはせずに、僕の言葉を最後まで実直に聞いてくれた。ただニーナだけは説得するのに少々時間を要した。宿屋の子供なんだから、出会いと別れは数え切れないほど経験しているはずなのに、僕たちがここを出ることを心の底から惜しんでくれた。


 翌日、僕はまだ深夜のうちに目を覚ました。予定よりも相当早く起床してしまったようで、室内外全部が真っ暗闇で何も見えない。まだ行動開始するにはちょっと早すぎる。


 僕はリンのように夜目も効かないし、鬼火で夜道を歩くのはあまり好ましくない。松明やランプに懐中電灯的な魔具を用いれば、魔物と勘違いされることもなく、堂々と歩けるかもしれないが極力荷物は増やしたくない。

 リンが仕立てた狩衣の袖部分は、限界だと思える量を超えて収納できてしまうが、量が増せば増すほどその分、探し出すのが面倒で億劫になる。なので、僕はできるだけ持ち物は減らすように心がけている。懐中電灯ぐらいなら手軽で何度も使えて便利なので、一つぐらい持っててもいいかとも思うが、ご存じの通り僕には魔力が通っていないので論外である。


 二度寝をしようにも自分でも驚くほどに目覚めが良すぎて、夢の世界には戻れそうにもない。このまま見えない天井を眺めながら、羊でも数えようかと思っていた矢先の出来事だった。

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