第32話 君はその十一人目を担ってもらうことになる

 何があっても冗談交じりに受け流し、気づいた時にはもうギースの術中にはまっている。その彼が神妙な面持ちで言葉を詰まらせていた。

 その様子を隣で見ていたリンはポツリと一言「メトゥス帝国……」と呟いた。


「メトゥス帝国が何だってリン?」


「我から言っても良いが、ここはギルドマスターが説明した方が良いと思うのじゃが……ギースそちはどう思うじゃ?」


「……そうだな、私の方から説明するとしよう。メグル君、今から話すことは内密に頼むよ。もし、君が外部に漏らしたのが発覚したら、私は君たちを抹消しなければならないからね……」


 この感じ冗談を言っている雰囲気じゃない。この部屋に来るのも三回目だが、これほど息苦しいと思ったことはない。軽々と足を踏み込んではいけない、だからこそ僕は知る必要がある。

 知らなければ外部に漏らすことはないかもしれないが、知っていないといざという時に彼らを助けることができない。立場上断れないことをいいことに、今回のような面倒くさい依頼を投げてくることは今後もあるだろうが、それでも恩を仇で返すようなことはしたくない。


 ギースがわざわざこんな忠告をしなければならないほどの案件……正直聞くのはたまらなく怖かったが、リンを見た瞬間にそんな感情は霧消した。


 リンの目がまん丸になり、聞き耳を立てて身体を左右に揺らしてウズウズとしている。これほどリンが興味を示しているのを見るのは久しぶりだ。

 リンのためにも僕のためにもここでギースの話を聞かずに帰るという選択肢はない。


 僕はギースの目を真っすぐ見据え「話してください、ギルドマスター」と告げた。


「……分かった。単刀直入に言うと、この首輪だが……これは正規のものではない。メグル君もすでに知っているとは思うが、魔物をペットにするにはまず調教して手懐けなければならない。国にペット申請して許可されると、承認した証として魔物ごとに適した首輪を支給される。その首輪をアレンジしてペットに着けることは問題ないのだが……っと、少し話が逸れたな。この首輪を鑑定して分かったことがある。この首輪は魔物を強制的に従わせる能力が付与された魔具だ。ワイバーンがそれを着けていた……これが何を意味しているか、メグル君ならすぐに理解できるだろ?」


 彼が話した内容は衝撃的だった。もし、ギースの推察が正しければ、特殊個体どころの話ではない。


 空を飛べる魔物の大多数はメトゥス帝国に生息している。この世界に魔法は存在しているが、人間が飛翔できるような魔法は存在しない。そんな魔物を手足のように自在に操ることができれば、この世界の制空権を掌握したようなものだ。


 あのワイバーンは試験的に導入した練習用のペットだろう。あの丘に向かえだとか、来た人間を襲えだとか、単純な命令であれば命令を下して張本人がいなくても、実直に行動し続ける。

 今回の事件で暗躍者はそのことを理解した。この先、もっと色々な命令を下して実験を繰り返していくはずだ。そして……その実験が全て完了した時が問題だ。


 野良であれば行動パターンもある程度固定されているため、戦いなれた熟練者なら余裕で倒せるらしい。その騎乗用としても重宝されていた魔物が、今度は連携をとって行動するようになる。人が乗ろうが乗るまいが、軍隊化された場合の脅威は計り知れない。


 それがメトゥス帝国なのか、メトゥス帝国のせいにしようとしているよそ者なのかは、現状ではまだ判断できない。話の感じからしてギースもまだ当たりをつけていない気がする。今は動きたくても動けないというところだろうか。


 感想を述べるとすれば、今すぐにでもアライア連邦国のお偉いさんが集合して、即対策を協議した方がいい段階に入っているじゃないか。


 こんな重大な話だとは思ってもみなかったが、聞いてしまった以上ギースのことだ。きっと僕に何か依頼を頼んでくるはずだ。

 重々しい感じで話を振られるぐらいなら、こっちから話を振ってやる。


「……で、僕は何をすればいいんですか?」


「メグル君とリン君には即急にアライア連邦国から出国してもらいたい。そのための準備も昨日のうちに全て済ませている」


 ギースは僕が質問することを見透かしていたように、淡々と予想外で受け入れがたい話をしてきた。その流れで、彼は内ポケットから硬貨五枚と冒険者カードを取り出し机上に置いた。


 この世界で僕が目にしたことがある硬貨は、銅貨、銀貨、金貨の三種類だけだ。だけど、今眼前にあるものはそのどれにも一致しない。色合い的には銀貨に近いのだが、神々しいというかより白みがかった輝きを放っている。冒険者カードの方も何か違和感があった。


「急に出国しろって言われても、それにこの硬貨も冒険者カードも……」


「あまり手荷物が多いとクラーク共和国に向かう際に面倒だと思ってな、魔銀貨にしておいた。あと長旅に備えてランクもミスリルランクに、三階級上げておいた」


 僕の聞き間違いかな? ギースはゴールドどころかプラチナ、さらにその上のミスリルに昇格させたって言った気がするのだが……これはきっと聞き間違いだ、そうに違いない。まだ冒険者になって一か月も経っていない僕が、ガレスやルルと同じプラチナランクになることすら恐れ多いのに、その二人よりも上位なんてありえない。


「ミスリル……?」


「おめでとうメグル君。今日から君も私と同じミスリルランクだよ。この大陸に十人しかいない冒険者の頂、君はその十一人目を担ってもらうことになる。で、こっちの魔銀貨は今回の報酬と素材買取と、あとは旅費を足してある」


 このギルドマスターはさっきから何を口走っているのか理解しているのか……いや、この人が理解せずに口にすることなどあり得ない。必ず何かある、恐ろしい何かが……裏があるはずだ。

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