第27話 ナマイッテすいませんでした
この世界にも時計は存在するし、一日は二十四時間というところも同じだ。ただ時計は高額なため個人で所有している人はそれほど多くない。特に携帯できる懐中時計や腕時計の類になると、その値段はさらに跳ね上がる。町の大通りや商店、ギルドなど一部の場所には大時計が備え付けられている。
猫泊亭にも時計はあるが、個室にはないため正確な時間を知るには、一階に降りて食堂に行かないといけない。ただ時計にあまり興味がないのか、大半の人は外出する時にチラ見する程度で、わざわざ時間を確認する人は皆無だった。
それ以前にこの世界の人々は元から優秀な体内時計を持っているようで、物理的な時計がなくても普通に生活できてしまう。さらに彼女たちのような一流冒険者ともなると、現時刻をほぼ誤差なく分かるらしい。
「いや、だってこんなに綺麗に舗装された道を歩くだけだぞ? あの丘だって傾斜もゆるくて登りやすそうだし、集団墓地だってほとんど平地を歩くだけだったし……」
ガレスは自分の髪が乱れるのも気にせず頭をかきむしった。
「なんかもう疲れたわ……さっさとワイバーンを燃やしに行くわよ!」
その急な奇行に恐怖を覚えつつも僕は、本日何回目かの彼女の背を追いかけるのであった。
やる気全開の彼女の移動速度は今までの遠足とは比べ物にならなかった。頂上まで三十秒という圧倒的速度で踏破していた。ちゃんと律儀にぐるぐると螺旋状の坂道を登って、その速度は圧巻の一言だった。
僕も全力で足を動かして登ったが、それでも彼女の倍以上の時間かかった。
ゴール地点で僕が目にしたものは、微笑み賞賛する彼女の姿だった。
「やるじゃない、初回で一分と三秒はなかなかの好タイムよ。一分半以内で、ここまでこれたらプラチナランクになれる素質はあるわよ!」
「そ、そうか……なんかさっきは、ナマイッテすいませんでした……」
「なんのこと、私は何も気にしてないわよ♪」
ガレスが上機嫌になってくれたのは僕としても非常に嬉しい。
頭上を指差して天使のような慈愛に満ちた眼差しを僕に向けていなければ、もっと喜べたかもしれない。
ただあの屈託のない笑顔を見るたびに、悪魔に睨まれたような背筋が凍る感覚を覚える。
彼女の指示に従って、早々にこの依頼を終わらせないと……。
空を見上げるとワイバーンは激しく羽ばたき咆哮を上げていた。
どうやら縄張りを侵されたことに威嚇をしているようだ。
威嚇時にはギャアギャアと大きく口を開いて叫ぶ習性があるというのは、ガレスから聞いて知っていたが、これほどうるさいとは思ってもみなかった。
確か急降下してくるタイミングはこの威嚇が止まり、一呼吸をしたのちだったはずだ。
僕はケースから護符を取り出し、鬼火を人差し指に灯して迎撃態勢に入った。
あとはワイバーンが襲ってくるのを待って、近づいて来たところを鬼火で反撃する。
僕には飛翔しているワイバーンを狙い撃つような技術はない。素早く指を振ろうが遅く指を振ろうが、鬼火はゆっくりとしか進まない。それはもう幼稚園児がボール遊びをした時に投げるような超低速。一切動かない的ならまだ当てる自信はあるが、上空数百メートルでランダムに移動している的に当てれる自信は一ミリもない。
そこで思いついたのが神業バッティングを参考にした、このバント作戦だ。真っすぐ向かってくるのなら、バントの要領でそこに鬼火を置けばいい。
ひとまずワイバーンを倒す算段はできた。だけど、本当にこの倒し方でいいのだろうか。
「なあガレス最終確認なんだけど、本当に燃やしていいんだよな?」
「ええこんがりと焼いちゃって、まあギルドの立場で言うなら腐っても竜種だから、少しだけ勿体ないかもとは思うけど、それはそれこれはこれってね。素材うんぬんよりもまずは倒すこと優先よ」
「だよな……」
竜種は鱗に爪、牙と使えない箇所はないというほど素材の宝庫。下位のワイバーンでもその例に漏れず、素材としての価値は高い。素材買取に関しては、状態がいいほど買取額も高くなる。
焼け焦げてボロボロの鱗と、綺麗なままの鱗だと圧倒的に後者の方が高価買取となる。
今までのように真っ黒こげにしない方法で、魔物を倒すことはできないだろうか。
それができれば僕は高額で買い取ってもらえて万々歳、ギルドは高品質の素材が手に入って万々歳。そもそも鬼火がワイバーンに効くのかも怪しいところだ。ガレスが教えてくれた作戦の中に、ワイバーンの丸焼き作戦はなかった。何が言いたいかというと……ワイバーンは火耐性があるんじゃないかということだ。もしそうなら、生半可な火力では倒すどころか火傷の一つも負わないかもしれない。
咆哮の間隔が徐々に短くなってきている、そろそろ攻撃してきそうな気がする。
もう猶予はさほど残されていない……なにか、なにか方法はないか……。
結局、何も思いつかずにその時は訪れた。
ワイバーンは捕食する気満々なようで、大きく口を開きながら一直線に降下してきた。
頭からかぶりつかれるまで、大体三秒といったところだろうか。
「あっ、こうすれば全部解決するかも……」
そんな危機迫るなかで僕は無傷に近い状態で、なおかつ確実に倒せる方法を閃いてしまった。
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