第26話 ワイバーンを丸焼きにするだけね
僕は彼女が言った討伐部位について気になった疑問をボソッと口に出していた。
「綺麗な石だけど、通常のと何が違うんだ……」
「よくぞ聞いてくれました、そっれはねぇ~! 色が違うのよ、本来の色は赤色なのよ。なのに、さっき倒したゴーレムはこのとおり紫色!」
「一応、確認なんだけど。あのゴーレムって、一度もギルドに報告に上がったこともないんだよな?」
「そうね、私の知る限りでは一度もないわ。前に説明したようにゴーレムは岩場にしか現れないわ。それが岩場以外で、しかも道路近くでゴーレムが出現したとなると、冒険者や行商人からギルドに報告されるはずよ」
今までも出現したことのない場所で、なおかつ今まで見たことがない挙動をする魔物。どう考えても特殊な条件下によって、進化した魔物としか思えない。
「なあ……リン。これって、やっぱり亜種……特殊個体的なやつかな?」
「じゃろうな~、先のガレスの話を聞くにそれしか我も思いつかんのじゃ。通常個体よりも強くなっておるのが定番のはずじゃが……ガレスは余裕じゃったの~」
「だな、あれならワイバーンをバッサリしたってのも頷ける。プラチナランクすげーわ」
ガレスは眉間にしわを寄せながら、僕たちの推測について質問してきた。
「二人ともさっきから何の話をしてるの? 特殊個体とかワイバーンとか?」
「立ち話もなんだし、歩きながら説明するよ。その小石無くさないように、ちゃんと仕舞っておけよ」
「ええ分かったわ」
ガレスは討伐部位を麻袋に入れて口紐で封をすると、わざわざ先頭に移動してから「行きましょう!」と声掛けし歩き始めた。
僕は歩きながらガレスに特殊個体という存在について話した。説明が足りない箇所があった時はリンがその都度補足してくれた。
僕が話し終えるまでの間、ガレスは「興味深い……」と何度も呟きながら耳を傾けていた。また説明ついでに彼女からもワイバーンの討伐方法についてさらに詳しく訊いてみた。
彼女の倒し方は僕には実行できないが、ワイバーンは彼女以外にも討伐した冒険者が数多くいる。受付嬢でもある彼女ならば、その冒険者がどうやって倒したかを知っているかもしれない。結論から言うと、訊いて正解だったが、どれも人の域を超えた神業ばかりで、真似できそうにはなかった。
猛禽類のような速度で飛行する翼竜の瞳を弓矢で射貫いたり、はたまた魔法で雷を発生させて羽を穿ち撃ち落としたり、急降下してきたところをボールに見立ててバッティングの要領で打ち返したりと、聞けば聞くほど頭が痛くなるような内容ばかりだった。
そんな感じで僕たちは相互に理解を深めていった。
話も一区切りしたところで、僕は現実を受け入れることにした。
今まで視界に入っていた光景を見て見ぬしてきたが、ゴーレムと遭遇した時から丘とその上空を優雅に飛び回るワイバーンの姿を視認できていた。だが、認めたくはなかった……あの距離でさえも全体図をハッキリと確認できたからだ。つまり、それだけ図体が巨大だということを意味している。
「さあ着いたわよ。あとはこの丘を登って、ワイバーンを丸焼きにするだけね!」
ガレスは頂上を指差しながらそう高々に宣言していた。
眼前に見える丘は三百メートルほどの高さで、傾斜のゆるやかな道が螺旋状に頂上まで続いていた。自然にあんな形状になるとは考えにくいが、今から登る身としては願ったり叶ったりではある。
「随分と簡単に言ってくれるな。こっちは今から登山して、ワイバーンを相手にしないといけないんだぞ……」
「ふん、あんたなら余裕でしょ? 何をそんなに気負っているのか、私にはさっぱり分からないわ」
「えっ、なに怖いんだけど……」
「はぁ~あんたはもう少し自信をつけないとダメだわ。その謙虚さはあんたのいいところでもあるけど、やり過ぎるとそれはただの嫌味にしか聞こえないわよ。そもそもの話よ、倒せると思ったからギースはあんたにこの依頼を出したんでしょうが! あ・ん・た、ホントに理解してる?」
「…………」
彼女の真っすぐな言葉に僕は何も言い返せなかった。
石像のように立ち尽くす僕の肩にリンが飛び乗ってきたと思ったら、今度は頬に柔らかい感触が伝わってきた。
なんとリンが僕の頬に肉球をぷにぷにと押し当てていたのだ。
「我もメグルなら容易くこなせると思うておるぞ。そちは鈍感じゃから気づいておらぬかもしれぬが、身体の扱い方は以前に比べて上手くなっておるぞ」
「実感がないんだけど……?」
「じゃろうな~、では……物差しとして一つ提示してやるとしようかの。そちは町からこの丘まで何時間かかるか覚えてるか?」
「えっ、三時間だろ」
「そうじゃ三時間じゃ。じゃがの、この三時間はガレスやルルのようなプラチナランクが歩いた場合の予定時間じゃ。冒険者なり立てのブロンズランクじゃと、その三倍九時間はかかる道のりなのじゃぞ?」
リンが口にしたその信じ難い内容を聞いた僕は、それが本当なのか確認するかのようにガレスの顔を見た。すると、彼女は無言のまま大きく頷いた。
「……マジで?」
「大マジよ。ゾンビのやつだって、ブロンズランクだと三時間かかるもの」
「……マジで?」
「大マジよ、大マジ。って、何度も同じこと私に言わせないで!」
ゾンビの時も本来なら三時間かかる道のりも三分の一の時間で到着していたらしい。
それよりも泥酔しふらつきながらも時間通りにたどり着いたルルって、何気にすごくないか。
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