第28話 暫し休憩してから帰らぬか
僕は予定通り鬼火を降下してくるワイバーンの線上に配置した。今までみたいに全身を包み込むような大きな鬼火ではなくて、ピンポン玉サイズの小さな鬼火。
あとはワイバーンのタックルを回避できれば、僕の完全勝利……なのだが、そこが少々難しそうだ。
両翼を広げたワイバーンの横幅はざっと見ても十メートル以上はありそうだ。そんな巨大な物体がアクセル全開で向かってくる。少しでもタイミングを見誤ったら、骨折等のケガは免れないだろう。
躱さずに受け止めようかなとも思ったけど、吹き飛ばされてケガをする未来しか見えなかったので、秒で諦めることにした。
大きく口を開き急降下してきたワイバーンは鬼火を飲み込んだ、そこまでは僕の読み通りだったが、あることを完全に失念していた。いきなり喉が焼けて息が吸えないような状況に陥ったら、呼吸を必要とする生物であればパニックになるのは必定だ。
ワイバーンは乱高下を繰り返し左右の翼をばたつかせながら降下してきた。あんな魔球のような動きをされては、回避しようにもどっちに避けたらいいのか分からない。
その場でしゃがみ込んで翼の下を潜ろうと思っていたが、その作戦を実行したら確実にあの巨大な翼で頭か背中を強打される。頭の中ではその行動をしても意味がないと信号を送ってくれているが、もう眼前にワイバーンが迫っている刹那においては、それは何の役にも立たない。気づいて時には事前に予定していた行動をとっていた。
だけど……その予感は外れた。
ワイバーンは僕にかぶりつこうと首を伸ばしたことで、バランスを崩し前のめりに顔面から勢いよく落下した。
その衝撃は凄まじく雑草や草花が土ぼこりに混ざり宙を舞っては降り注ぎ、肝心の張本人は地面に頭部を突き刺して、僕の数センチ前でピタリと停止していた。
頭部を強打したことにより気絶したのか、その姿勢のまま動く気配がなかった。
人差し指であちこち突いてみるが、一切反応が返ってこなかった。
どうやら無事討伐に成功したようだ。なんか思っていたものとは違ったけど、終わり良ければ総て良し。
頭部は埋もれているため現状確認はできないが、それ以外の箇所は無傷といっていいほど綺麗な状態を維持していた。これは素材確保の点でも成功といえるのではないか。それに僕の考えは間違っていなかったようだ。
最終確認として僕は討伐証明者であるガレスに一言尋ねた。
「討伐完了?」
「ええ……完了よ。それにしてもメグル、あんたやるじゃないの! いつからあの倒し方を考えていたの?」
彼女はワイバーンを倒したことよりも、この倒し方に興味があるようだ。
「いつからって……ワイバーンが強襲してきた時?」
「へぇ~あの短時間で考えて実行にまで移したのね。火の玉を食べさせることで、内部から焼いて窒息死を狙うなんて……思いついてもなかなかできることじゃないわ。あんたやっぱりプラチナランクの素質あるわよ!」
「ガレスからお墨付きをもらえて良かったの。もっと身体の扱い方を学んでいけば、いつの日かガレスのように剣も自在に振るえるようになるかもしれぬぞ?」
ガレスは自分のように喜んでくれたし、リンも便乗ながらも僕を褒めてくれた。
ぶっ通しで歩き続け小休止もせずに丘を駆け登り、
「さてと、帰りますか!」
疲れ知らずのガレスは悪気もない様子で無情にもそう言い放った。
僕の口から出た言葉は心に思っていたものとは異なるものだった。
「あっえ? そうだな……」
何とも歯切れの悪い返事に僕自身も苦笑してしまうほどだ。
「のぉ~ガレスよ。暫し休憩してから帰らぬか?」
リンは彼女に問いかけると、返答も待たずにいきなり狩衣に頭ごと突っ込んできた。
予想外の出来事に僕は「えっ、何してんのリン⁉」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
数秒間、もぞもぞと動き回ったリンは、紙袋を口にくわえた姿で袖の隙間から飛び出してきた。
「ほれ、このように三人分の弁当も用意しておるしの。食べんとナルガスが悲しむのじゃ」
「お弁当持ってきてたのなら、先に言ってよね。てっきり、私はソレイユに戻ってからご飯を食べると思っていたわ。危うくナルガスのお弁当を食べ損ねるところだったじゃないの」
「我もつい先ほど思い出しての、済まぬなガレス」
「全然いいんだけどね、そうだわ。私も今度からナルガスに弁当作ってもらおうかな」
「弁当もなにも、そちは外で仕事することほぼないじゃろ?」
「リン……あんた鋭いわね。そうなのよね~、プラチナランクになってからというもの全然依頼を受けていないのよ。というかギースが受けさせてくれないのよね。だから、今日はとっても楽しかったわ!」
ガレスは紙袋を覗き込みながら、本心から楽しんでいるのが分かるぐらいにケラケラと笑っていた。
「ありがとうな、リン……」
「気にするでない。さあメグルよ、食事にするとしよう」
体に付着した土ぼこりを払い落し、水筒に入った水で手を洗い流すと、今朝からずっと楽しみにしていた弁当タイムとなった。
モニュメントを横目に見ながら、僕たちはナルガスさんの料理を堪能していった。
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