第15話 単にお勧めというだけじゃないだろ
僕以外には受付嬢と弓を背負った冒険者の二人がいるだけで、昨日の騒がしさが嘘のようにギルドは静かだった。冒険者だからといって、早朝にギルドに顔を出す人は少ないようだ。
僕は受付カウンター越しに会話をする二人を横目に、依頼書が貼られたボードに向かった。
顎に手を当てながらどの依頼を受けるべきか悩んでいると、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「メグル様、おはようございます。お早いのですね、今日はお一人ですか?」
「……おはようございます。あっはい、今日は一人です。明日も明後日も明々後日もたぶんずっと一人です……」
「あの~、えっとぉ……なにかあったんですか? 私で良ければ話を聞きますよ?」
ガレスに落ち込んでるのが一目でバレているのに、何でもないですと断れるような図太い神経は持ち合わせていない。というか、どちらかというと訊いてほしい。
リン以外となると、他に相談できるのはガレスぐらいしか知り合いがいない。
猫泊亭の人たちも知り合いといえば知り合いではあるが、迷惑をかけたという後ろめたい気持ちの方が強くて、まだ気軽に話せるような状態にまでは回復できていない。
この波打つような感情も吐露してしまえば楽になる。ガレスに相談に乗ってもらうことにした。
「それがですね、リンが猫泊亭で看板猫として仕事をすることになりまして――」
「なるほど、幼い頃から姉弟のようにリン様と一緒に暮らしてきたのですね。そこまで使い魔と深い絆で結ばれていたのでしたら、さぞかし心細く寂しいことでしょう」
「はい、そうなんです。リンがいたから僕は今もこうして生きることができているんです。それがいきなり離れ離れになってしまい……あぁガレスさんすいません。さすがに女々しすぎましたね。少し自重します」
「ガレスで構いません。とりあえずメグル様、今朝のリン様とのやり取りをよく思い出してみて下さい。そうすれば、いま感じているその不安も些細なことだと笑い飛ばすことができると思いますよ?」
ガレスは僕の目を真っすぐに見つめながら、僕にそうアドバイスをくれた。
その言葉に僕はハッとした――。
獅子は我が子を千尋の谷に落とす。
僕はリンの期待に応えなくてはいけない、単独で依頼を達成し胸を張って堂々と帰還してやる。
それにしてもこんなことまで失念していたとは、我ながらなんとまあ豆腐メンタルなことで……。
「ありがとうございました、ガレスに相談してよかった。で、早速なんだけど僕にお勧めの依頼とかってある?」
ガレスは目をまん丸にして口をぽかんと開けたまま、僕を不思議そうに眺めて硬直している。
何かおかしなことを言った記憶はないけど、彼女を顔を見るに僕はやはり何か口走ってしまったようだ……。
僕は呆け顔の受付嬢に「どの依頼がいいと思う、ガレス?」と再度声をかけた。
ガレスは数回まばたきをして、わざとらしくゴホンと咳払いをすると、何事もなかったかのようにキリっとした元の受付嬢に戻っていた。
「……では、こちらの依頼などいかがでしょうか?」
ガレスはボードに貼られた大量の依頼書の中から一枚指差した。
ガレスが数多くある依頼書の中から僕にお勧めだと選んでくれたものは、人によっては一種の嫌がらせ行為だと受け取られても仕方がないものだった。
「本当にこれで合ってる?」
「はい、メグル様にピッタリだと思います」
「……本当に言ってる?」
「メグル様以外には考えられないくらいにお勧めです。もうこれ以上ピッタリな依頼は存在しないぐらいにお勧めですよ!」
再度確認してみたが、ガレスはキッパリとそう断言した。
僕は震える手で彼女が選んだ依頼書を手に取ると、もう一度依頼内容に目を通した。
集団墓地に発生したゾンビの討伐。討伐報酬は一体につき銅貨二枚、五体ごとに追加報酬あり。
ゾンビというのはあの動く死体のことであっているのだろうか。
あれは小説や映画とか現実に存在しないからからこそ、楽しめる娯楽だと思う。
実際にあんなのが目の前に大量に
「ゾンビってあのゾンビ? 頭を潰さない限り死なないあの?」
「あのゾンビというのがよく分かりませんが、基本的な討伐方法はメグル様の仰った通りです。もっと詳しく言いますと、脳に致命傷を与えることで倒せます。手っ取り早い方法としては首を切り落とすのがお勧めですが、メグル様にはそれよりももっと効率的な方法がございます」
「それは……?」
「ゴブリンの時のように燃やしてしまうことです。ゾンビは移動が遅いので、ゴブリンよりも楽に討伐できるかと思います」
「なるほど、確かにゾンビの弱点といえば火か……で、ガレス。この依頼なんだけど、単にお勧めというだけじゃないだろ?」
最初はただ純粋に僕のことを考えて依頼を選んでくれたと思っていたけど、どうやらそれだけじゃない気がする。この依頼を受けさせようとグイグイくる感じ、絶対に何か裏があるはずだ。
不必要な物を買わせようとする営業マンのような嫌な雰囲気だ。まあこれも小説とかから得た情報なんで実際にこんなのがいるのかは知らないけど……。
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