第16話 討伐証明確認を採用します

 僕が問い詰めるとガレスは両手を上げて降参のアピールをしたかと思うと、今度は両手を合わせ人差し指をピコピコ動かし気まずそうに白状した。


「メグル様にはかないませんね。えっとですね、ゾンビは不人気といいますか……何といいますか。身体が腐っていて腐臭もすごくて、誰も討伐したくないんです。それで気づけば、かれこれもう一か月放置されてまして、お墓参りができないと苦情までくるようになりまして……」


「で、鬼……火の魔法が使える僕に白羽の矢が立ったと?」


「はい、そうです。騙すような真似をして申し訳ございませんでした」


 ガレスは深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べた。


 その動きに沿ってぷるんと双丘が揺れた――。


 男というのは揺れるものに対して反射的に目で追ってしまう生物らしい。


「……ううん、別にそれは構わないんだけど、そっか~そうだよな、死んでるんだもんな。血液や肉片とかが服に付着しようものなら、絶望するかもしれない」


「えぇ……そうなんです。他の魔物だったら、簡単に汚れや匂いを落とすことができるのですが、ゾンビのような肉のある不死系の魔物は後処理もダルいんです。なので、こちらとしても跡形もなく燃やしてもらえると非常に助かります」


「そういうことか、分かったよ。この依頼を受けるよ。火葬するのはいいんだけど、ゴブリンの時みたいになんか部位を回収しないといけないよな? 火葬レベルで燃やし尽くすのなら灰しか残らないかもしれないけど……それでいいの?」


 僕は依頼書をガレスに手渡すと、彼女は「ありがとうございます」と安堵の表情を浮かべ、依頼書を両手で大事そうに抱えながら話を続けた。


「そのことでしたら問題ありません。今回は討伐証明部位ではなくて、討伐証明確認を採用します」


「討伐証明確認……なんか昨日説明してもらった気もするけど、それってなんだっけ?」


「では、ご説明させていただきます――」


 討伐証明部位では討伐した魔物だと分かるように一部を切り取ったりはぎ取ったりして、ギルドに持ち帰らなければ報酬は貰えない。原形を留めて倒せるような魔物にはこっちの方が効率いい。いちいち何体倒したとか数えなくても、把握することができるし部外者を同行させなくてもいいからだ。


 討伐証明確認は魔物の部位を回収するのが難しい場合に採用される手段で、こっちは冒険者ギルドが認めた冒険者を討伐証明者として同行させることで、第三者の証人によって討伐部位がなくても報酬が貰える制度。また同行者は依頼を受けた冒険者を護衛する任務も兼ねている。清廉潔白な人柄で尚且つプラチナランク以上の冒険者のみしか同行者になれないため、みんなの憧れの的となっている。


 説明のついでにガレスは集団墓地の場所やゾンビ対策など、役立つ情報を教えてくれた。口頭以外にも地図に書き込んだり軽食を準備してくれたりと、それはもう至れり尽くせりであった。

 

 それはもう懇切丁寧に準備を手伝ってくれた。裏を返せば、この討伐依頼はそれほどまで彼女にとって、目の上のたん瘤だったというわけだ。


 説明を終えると彼女は最後に同行する討伐証明者を僕に紹介してくれた。






 そして現在……僕は集団墓地の入口前で同行者を介抱していた。


 予定では集団墓地に到着後、事前に預かっていた鍵で封鎖された鉄格子の扉を開錠し、手当たり次第にゾンビを焼き払い、最後に同行者と一緒に倒し損ねがいないか確認して帰路につくはずだった。そのはずだったのにどうしてこうなった……。


 ガレスから紹介された時は面倒見の良さそうな先輩だと思っていたが、出会って一時間もしないうちに、僕はもう彼女を一ミリも尊敬しなくなっていた。


 オロロ、オロロと吐き気を催し続け顔面蒼白な彼女の名前はルル・メイルホーク。冒険者の中でも一握りしかいないとされる『鷹の目』の異名を持つプラチナランクの弓使い。

 風属性の魔法とロングボウによる超長距離狙撃を得意とし、彼女の手にかかれば一キロ先にいる魔物すらも射程圏内となる。

 他にも色々とガレスや本人の口から彼女の素性についてある程度教わっていた。すごい冒険者が同行者になってくれたと感動していたが、そのメッキはいともたやすく剥がれ落ちた。


 ボロが出始めたのは町を出てから数分が経過した頃だった。


 彼女は急に喉が渇いたと言って、ガラス瓶に入った透明な液体を定期的に飲むようになった。

 その頻度が最初は三分に一口だったものが、二分に、一分にと次第に短くなっていき、集団墓地が目と鼻の先にまで近づくころには、彼女は隠し持っていた酒瓶を酔って何が悪いと言わんばかりに、直接口をつけてガブガブと勢いよく飲むようになっていた。


 集団墓地はソレイユから北東に徒歩一時間ほどの距離にある。

 彼女はその道中の大半を飲酒しながら移動していた。


 さすがは腐ってもプラチナランクといったところで、彼女は千鳥足になりながらも遅れることもなく僕について来た。いまになって思い返してみれば、到着時間が遅くなったとしても歩行速度を落とすべきだった。


 ただでさえ歩きながら酒をあおるだけでも酔いが回るだろうに、そんな状況で小休止もせずに歩き続けて、鼻をツンと突き刺す腐臭が漂う集団墓地に赴こうものなら、こうなるのは分かり切っていた。


 途中から気づいていたのに、その暴挙を止めようとしなかった僕にも非があるわけで……。

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