第14話 獅子は我が子を千尋の谷に落とす

 その愛らしい仕草に思考停止に陥ってしまったが、即座に再起動して僕なりに言葉を選びリンに伝えた。


「そういうわけじゃないんだ。あの夢さえ見なければ、あんな記憶さえ思い出さなければこんなことにはならなかったし、リンにも嫌な気持ちをさせずに済んだ……こんなに心が苦しくなるだったら、転生時に嫌な記憶も消えてくれたら良かったのに……」


「メグルが何を考え何も思って、その言葉を口にしたのか。我としてはそちの心中を完全には理解することはできぬ。じゃがな、メグルよ。芦屋廻としてのそちの生涯が無駄だとは我は思わぬぞ? その経験、体験によって、芦屋廻という人物像ができあがったのじゃ。両親がメグルを大切に思っていたように、そちも両親のことが大切に思っておった。それは隣でずっと見てきた我が保障するのじゃ。あと、我がその程度で気が滅入るほど、脆弱な存在だと思っておるのか? 本気でそう思っておるのなら、それはあまりにも我を見くびりすぎじゃぞ」


 リンは僕のつたない言葉をかみ砕き真摯しんしな言葉で返してくれた。


 僕の唯一の友達であり師匠の言葉はいともたやすく、凝り固まった思考を砕き、心に深く突き刺さった。

 自然と目から溢れた涙が頬を伝い、銀毛に流れ落ちては弾かれていた。

 体中の水分を全て先の失態によって流れたと思っていたが、まだ隠し財源があったらしい。


「あぁ、あぁそうだな。今までの人生もこれからの人生も全て含めて僕の人生だもんな。もう大丈夫だ、あ~僕としたことが……」


「それでこそ我の主じゃ。この際だから、もう一度そちに伝えるとしようかの。心して聞くが良い。我が魂を分け与えてまで一緒にいたいと思ったのはメグル、そちが最初で最後の人間なのじゃぞ?」


「分かったよ、リン。本当にありがとう」


「なんじゃメグル。また泣くのかと思ったら、今度は頬を赤らめよってからに……」


「あ~もう何でもない。とりあえず昨日何があったのか教えてくれないか?」


 ここで一旦会話を区切らないと、ずっとリンのターンが続きそうな気がしたので、話題を無理矢理切り替えた。

 どちらにせよ、晩ご飯以降の記憶が抜け落ちている以上、知っておいて損はない。またいまになって気づいたことがある。それはあのふにふにマッサージがいつの間にか終わっていたことだ。

 

 僕の話をちゃんと向き合って聞こうとしてくれたリンの思いやりによるものなのだろう……けど、だけども肉球の感触がなくなったのはシンプルに寂しいし悲しい。だからといって、いまさらもう一回やってとは言い出せる雰囲気でもない。


 後悔先に立たずとはまさにこのこと……。


 そんな邪な考えをしている飼い主をよそに、リンは昨夜の出来事について事細かに話してくれた。


 昨夜ドカ食い気絶をした僕をニーナの父親であり料理人のナルガスさんが部屋まで運んでくれたこと、宿泊代等の支払いについてもリンが僕の代わりに支払ってくれたこと。

 ただその支払い方には、少々僕個人としては問題があった。リンは僕が眠っている間に、ニーナの母親であり猫泊亭の女将トニアさんと交渉をしていた。宿屋で働くことで宿泊代をタダにしてもらうというものだった。

 働くといっても看板猫として猫泊亭で猫らしくダラダラ過ごすだけらしい。冒険者が不安定な職業とこともあって、リンはお金を節約するために働くことを選んだ。それは物凄く有難いし嬉しいのだが、精神安定剤たるリンが隣にいない、その心理的ストレスが半端ない。


 働かなくてもいい僕が稼ぐと言おうと思ったが……目を輝かせて楽しそうに話すリンを見て飲み込んだ。


「獅子は我が子を千尋の谷に落とす……我一度あれやってみたかったんじゃ♪」


 可愛い声で言うセリフじゃないと思いつつも、僕は無意識にガッツポーズを繰り出していた。




 その後、僕はリンが持ってきてくれた水で喉を潤わせると、部屋を出て階段を下った。

 食堂にはナルガスさんの姿しか見えなかったので、ひとまず彼にだけ感謝の言葉を述べ挨拶を交わすと、リンを宿屋に残して僕は冒険者ギルドに向かった。


 トニアさんとニーナにはまた今度伝えることにしよう。


 少し歩いては振り返りリンが見送ってくれているか何度もチェックしていたら、五度目あたりで「さっさと行くのじゃ!」と怒られた。


 ズタボロな精神状態ではあったが、ケガの一つもせずに無事ギルドにたどり着けた。早朝ということもあり、まだ開いていないかもしれないという一抹の不安もあったがいらぬ心配だった。


 あの薄暗い時間から町中を人々が往来していたことを考えれば、開いているのが普通なのかもしれない。グラハム村長が治めていた村だと、みんな鶏が鳴くよりも早く起床していた。それに比べれば遅いことには変わりないが、現代を生きていた僕としてはどちらにしろ早起きには変わりない。

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