第13話 我がそちを見捨てるわけなかろう
僕はヒールポーションを元の場所に戻し窓を覗き込んだ。
この部屋には時計がないため正確な時刻は不明だが、もう外には多種多様な武器を身につけた人々が往来する姿が見えた。
「冒険者の朝は早い……あと水も貰いにいかないと」
僕は独り言を言いながら身支度を整えていった。
その最中に僕は昨夜の夢について思考を巡らせていた。
その夢は僕が自室で無音の中、独り寂しく黙々と歯ごたえのない流動食に近しい料理を口に運ぶというものだった。
なんて空虚な面白みのない夢なのだろう……。
病弱な僕のことを気にしてか、母親は柔らかいものしか食べさせてくれなかった。
僕はその用意された食事に対して文句の一つも言わなかった。正直な話、それが普通だと疑問にすら思わなかった。
母親は料理が上手だったし、食感だけを除けば出された料理は全て美味しかった。ただそれでも噛まない……噛めない食事というものは味気ないものだ。
いま思い返してみれば、両親は僕のことを愛してくれていたのだと思う。ただその愛し方、受け取り方が少し
いまさらそんなことに気づいたところで何かが変わることはないし、あのモノクロの世界が鮮やかになることもない。それにあの世界においての僕の生涯はもう終わっているんだから……。
夢を通じて呼び起こされてた記憶によって、僕の冒険者生活二日目は心なしか外の景色のように薄暗いものとなった。
「はぁ~さっさと楽しい異世界ライフを謳歌しないと、そのためにもあんな記憶は忘れないと思い出さないようにしないと……」
僕は自分にそう言い聞かせるように呟くと、寝坊助な相棒を起こすためベッドに視線を向けた。だが、そこにリンはいなかった。
部屋の扉が半開きになっている? 僕に一言も言わずに気配を消して外に出て行った? まさか僕はリンに見捨てられた?
先の夢や記憶によってマイナス思考に陥っていた僕は、命の恩人であるリンに対して最低な考えが脳裏に浮かんだ。
僕はベッドにうつ伏せに倒れ込み、掛布団の丸く窪んだ箇所に手を伸ばした。
まだほんのりと温かくつい先ほどまでそこにいたのが分かる。
じんわりと目頭が熱くなっていくのを感じる……。
「何じゃ、メグル……? そちまだ眠り足りないのか? 珍しく早く起床したから褒めてやろうと思ったのに、これではいつもと変わらないではないか、聞いておるのかメグル?」
その呆れた声が聞こえた瞬間、僕は安堵した……そしてダムが決壊した。
「うわあぁぁぁん! 良かったあぁぁ! 良かったよおぉぉ! 僕を見捨てないでくれてありがとおぉぉぉ‼」
「えっ、ええ⁉ どうしたのじゃメグル。我がそちを見捨てるわけなかろう? って、赤子のように泣きじゃくって、本当に何があったんじゃ!」
僕が泣き止むまでの間、リンは傍らでずっと慰めてくれた。この時だけはどれほどモフってもお叱りを受けることもなかった。
元の世界で涙の一粒すら流したことのない僕が、リンに心配されるほど号泣するとは思ってもみなかった。のちに『メグルが初めて泣いた日』としてリンによって、記念日制定されることになる。
「はぁ~めっちゃ泣いた。泣いたら気持ちが収まるってのは本当だったんだな。実にいい経験をした」
「急にスンとなりおってからに現金なやつじゃな。で、向こうの世界で涙一つ浮かべなかったそちが号泣していた理由は何じゃ?」
「……聞いても笑わないって約束するか?」
「ふむ、約束するのじゃ。我に申してみよ」
僕は膝の上でまん丸に座っているリンの背中を撫でながら、気恥ずかしい思いを打ち明けた。
神妙な面持ちだったこともあってか、リンも最初の方は大人しく僕の話に耳を傾けてくれていた。だけど、中盤以降から様子が徐々に変化していった。その変化は終盤になると顕著になった。
相槌の一つも打つこともなくなり口を閉ざし、ぷるぷると肩が激しく揺れ始めた。その状態を維持したまま数分が経過した頃、嫌な予感が的中した。
リンは「にゃっははは!」と盛大に吹き出しては、ビートを刻むかのように僕の足を両前足で交互に叩き始めた。
約束を反故にされたことに憤りを感じたが、僕の足を嬉しそうに叩く愛猫を見てどうでも良くなった。ふにふにとした肉球による至福のマッサージを施術してもらえてるので、なんか逆にありがとうございますと声に出したいぐらいだ。
ただ予想していた以上にはしゃいでいるので、そこだけは注意しておくとしよう。
「リン……さすがにちょっと笑いすぎじゃないか。僕としては結構深刻な問題……」
「いや、すまぬなメグル。そちがあまりにも突拍子もないことを言うものだから、つい耐えきれなくなってしもうた。じゃがの、メグルよ。我がそちを置いてどこかに行くわけがなかろう。我としてはあらぬ疑いをかけられたことの方が辛いんじゃがの……」
リンはあざとく僕の顔を見上げながらそう言ってきた。
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