第12話 やっぱりこれヒールポーションだったか

 料理が提供されたのはそれからさらに数十分が経過してからであった。


 猫泊亭の一人娘であるニーナのお勧めは絶品だった。

 ゴロゴロとした噛み応えのある肉が入ったシチューと噛めば噛むほど味わい深い固めのパン。

 明日はもう何も食べないでいいやというぐらいに、胃袋の限界まで何度もおかわりをし続けた。

 

 異世界だから暴飲暴食しても大丈夫という免罪符なんてもちろん存在しない。

 満腹中枢による食欲抑制を無視して爆上がりする血糖値により、食後もれなく睡魔が襲い掛かってきた。


 僕はその睡魔に誘われるがままにカウンター席を枕にしてまぶたを閉じた。


「大丈夫、お客さん。ねぇ聞こえてるお兄さん!」


「だ、い……じょう、ぶ……スゥスゥ」


「絶対これ大丈夫じゃないよね、お兄さん? お兄さんってば起きてよ! ここで寝たら風邪ひくよ! ねぇお兄さんってばぁ~‼」


 ニーナの心配する声が子守歌となり、僕は深い眠りについた。


 その日、僕は異世界に来て初めて夢を見た――。




 僕はまだ日も昇り切っていない明け方に目を覚ました。


「……ここどこだっけ?」


 自分の置かれている状況を確認するため、上半身を起こして窓から入る薄明りを頼りに周囲を見回した。

 六畳ほどの窓が一つあるだけのシンプルなワンルームで、窓際には小さな棚が備え付けられていて、その棚上には朝支度用の水桶が日差しが当たるように置かれていた。あとは僕が現在進行形で身体を預けているベッドぐらいで、他にめぼしいものはなかった。


 一言で説明するならば、ただ寝泊りするだけの部屋。手荷物が少ない新人冒険者にはこれでも十分すぎる部屋だ。コストカットをすることで、少しでも宿泊代を安くしようとしているのが窺える。財布に優しい冒険者のための宿屋、ガレスが勧めてくれただけのことはある。


 このレンガの感じといい、とりあえず猫泊亭の一室にいることだけは分かった。さてと問題はここからだ……どうやって僕はこの部屋に、ベッドにたどり着いたのだろう。


 がむしゃらに晩ご飯を食べたことまでは覚えているが、部屋を借りたこともそうだけど、飲食代に宿泊代はちゃんと支払ったのかなど、数えきれないほどの不安が一気に押し寄せてきた。


「まったく何も覚えてない。あ~、みんなに迷惑かけてなけりゃいいけど、いやここで寝ていた時点で何かやらかしてそうなんだよな……」


 注文の時みたいにきっとリンがまた上手いことやってくれているはずだ。


「さてと……とりあえず顔でも洗うとするか」


 この世界には魔具があるためこんなことをしなくても、温水から冷水まで自由に切り替えることができる。そのため太陽光を使ってわざわざ水を温めるような方法を選ぶ人はほとんどいない。

 

「まあこの部屋にはその魔具が一つも置かれていないわけですが……」


 僕は足元で寝ているリンを起こさないように、ゆっくりと足を引き抜いてベッドから降りた。

 棚の引き出しからタオルを取り出し肩にかけると、ほんのり温かくなった水で顔を洗った。


「あ~さっぱりした! この顔を洗った水は……どっかに飲み水とか置いてないかな?」


 タオルが入っていた引き出しの一つ下の引き出しを開けてみると、探していた飲料用の水が一本だけ入っていた。

 無色透明なガラス瓶に少し青みがかった水がなみなみに入っていて、零れないようにコルクで栓がされていた。


 僕はガラス瓶を手に取り、喉を潤すためコルクを引き抜こうとガラス瓶を傾けた時に違和感を覚えた。中の水が少しとろみがあるような気がしたからだ。


 その違和感を再確認するためにガラス瓶を左右に数回傾けた。

 水に比べて気持ちゆっくりと重力に向かって液体は傾けた方向に動いていった。


「……やっぱりこれヒールポーションだったか。危うく飲んでしまうところだった」


 僕が感じた違和感はやはり間違ってはいなかった。


 ヒールポーション、それは危険な仕事をする人なら誰もが携帯している必需品。

 どういう理屈なのかは分からないけど、飲んだり傷口にかけたりするだけでたちまち傷が癒えてしまう魔法の液体。コルクが使い物にならなくなるか、または自ら封を開けない限り腐ることもない。永続的に保管ができるという訳の分からない代物となっている。

 ヒールポーションは青色が濃くなればなるほど、効果が高く値段も比例して高くなる。


 この色合い的に下位のヒールポーションだとは思うが、それでもこれ一本で銀貨一枚はしそうな気がする。

 一目見ればすぐにこれがヒールポーションだと気づけそうなものなのだが、僕はまだ完全にヒールポーションを把握できていないのだ。

 使用方法や相場などについてはある程度知ってはいるが、保管する容器が製造元によってまちまちなのだ。中身が見えるように無色透明な容器を使用すること、容量は二百ミリにすること。その二点だけ規定により決められているだけで、それ以外は全て職人が自由に選ぶことができる。

 その結果、職人たちは自分が作ったヒールポーションをブランド付けをするために、各々凝ったデザインのガラス瓶を使用するようになったらしい。職人たちはさらにそのブランドを利用するために、飲料水とかも同じ容器に入れて販売とかもしている。


 異世界人としては当たり前のことで常識なのだが、この世界に降り立ってまだ一週間程度の新参者には少々厳しいものがある。


 つまり何が言いたいのかというと、僕はまだヒールポーションと水の違いを咄嗟とっさに見分けられないということだ。無味無臭な上に、ラベルとかが貼り付けられているわけでもないので、なおさら難易度が上がっている。

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