第8話 悪いようにはしない
ネームプレートには『ギルドマスター』と刻まれている。
冒険者ギルドを治める、全ての冒険者を頂点……それがギルドマスター。
もしかしたら他の町に支部とかがあるのかもしれないが、だとしても冒険者の町を名乗っている冒険者ギルドの
会いたくない、今すぐにも逃げ出したい……。
僕がまだ現実を受け入れられずに硬直している横で、受付嬢はノックをして「ギルドマスター、メグル様をお連れしました」と淡々と口にしていた。
「入れ……」
僕は半ば強制的にギルドマスターから入室許可を得ると、受付嬢が開けてくれた扉を通り部屋に入った。
内装はとてもシンプルだった。部屋の中心には会議用の大きなテーブルが一台と、そのテーブルを挟むようにソファーが各一台ずつ、その奥には書斎机が一台あるだけだった。
僕を呼び出したギルドマスターは書斎机に両肘をのせて、鋭い眼光をこちらに向けていた。
「呼び出してすまなかったな、メグル君。まあそこに座ってくれ」
「……はい」
僕が返事をしてソファーに腰を下ろすと同時にガチャと絶望の音が聞こえた。
その音の発生源に目を向けると、受付嬢が背中越しに扉を施錠をしていた。
その後、彼女は扉前で手を前に組み綺麗な立ち姿を僕に見せると、立ち塞がるようにそこから一歩も動かなくなった。
絶対にここから出さないぞという強い意思を感じた。力尽くで逃げようと思えば逃げれないこともなさそうだけど、そんな愚行を冒せば僕はもう人間社会では生きていけないだろう。ギルドマスターの部屋で受付嬢をケガさせて逃走とか……指名手配確定だろう。
人目を避けて一生逃げ続ける人生……。
そんな暗い未来を想像してしまった僕は、癒しを求めて隣に座っているもふもふに手を伸ばした。しかし、その目論見は失敗に終わった。目にもとまらぬ猫パンチによって、触れる前に阻止されてしまったからだ。諦めずに何度か挑戦したが、成功することはなかった。
撫でることはできなかったが、異世界に来てから初の猫パンチを受けれたので良しとしよう。
あの尻尾の動き具合から判断するに、もう少し続けていたら猫パンチから猫クローに切り替わっていただろうから、引き際としてもちょうど良かった。
「ごほん……メグル君。もうそろそろ進めても良いかな?」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはさっきまで書斎机にいたはずのギルドマスターがいた。
僕が現実逃避をしている間に、ギルドマスターは向かい側のソファーに移動したようだ。
「……はい、すいません」
「君が謝る必要などないよ。どちらかと言えば、私の方が無作法だろう。君をいきなりこんな場所に呼び出したのだから、それとリン君も猫のふりなどしなくても良い。リン君……君、人語を解せるだろ?」
凛太郎は毛づくろいを中断して、面白い相手を見つけたと言わんばかりに高揚した声で返事をした。
「ふむ、なるほど。そちはなかなか良い
「いや……非常に申しにくいのだが、この世界の使い魔は基本的にみな話せるのだよ。リン君ほど雄弁な使い魔は滅多にいないがね」
「なんじゃ、そうだったのか。そちを褒めて損したのじゃ」
凛太郎ことリンは露骨に肩を落として残念がっていた。
「君たちの処遇について話す前に……まず自己紹介をしておくとしよう。私はこの冒険者ギルドのギルドマスターを務めているギース・ストランクだ。よろしく頼む!」
「冒険者志望のメグルです。よろしくお願いします……」
すごく嫌な言葉が聞こえた『君たちの処遇について』このあと紡がれる言葉で良いイメージが全く思い浮かばない。
部屋には僕たち以外にもリンや受付嬢がいるとはいえ、状況的には最高権力者との一対一による面接のようなものだ。そんな状況下に置かれて平然な人間などそうはいないだろう。
さらにギースは「悪いようにはしない」と渋みのある声で不穏な言葉を重ねてきた。
僕はもうどうにでもなれという気持ちで、彼の話に耳を傾けるのであった。
ギースが語った処遇は僕が思っていたものではなかった。それどころか好待遇とも呼べるものだったが、僕一人だけで今後の異世界での歩み方を決定づけてしまっていいのか判断に迷っていた。
リンの意見も聞こうと思い横目で視線を送ると、一言も発せずただこくっと頷いた。
その行動を見た瞬間、僕の心は固まった。
僕はギルドマスターを提案を受け入れることにした。
「はい、それでお願いします」
「……ほっ、良かった。では、今後ともよろしく頼むよ。メグル君、リン君」
ギースは僕とリンの手を掴むと、強引に契約完了の証として握手を交わしてきた。
「では、ガレス……あとのことは任せた」
「はい、承知いたしました。それではメグル様、リン様。お手数ですが、もう一度一階にお越しいただけますでしょうか?」
名を呼ばれた受付嬢はすぐにそう受け答えると、解錠し扉を開けて部屋を出るように促した。
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