第7話 証明写真を撮らせていただきます

 大半の冒険者は僕を一瞥しただけで終わったけど、数名だけ視線を移さずにこっちを見続けていた。

 

 あとで絶対に彼らは僕にいちゃもんをつけて絡んでることが目に見えていた。

 冒険者にも新人いびりというものがあるようだ、人間なのだから当たり前だといえば当たり前か。

 そのことを考えるだけでも足が重くなってくる。


 外観同様に内装もまた西部劇に出てくる酒場によく似ていた。ただここは冒険者ギルドで酒場ではないため、ところどころ異なっている個所もあった。丸テーブルやイスが置かれているのは一緒だけど、壁には手配書じゃなくて依頼書が貼り付けられていた。

 正面奥には受付カウンターがある。その後ろには酒瓶棚の代わりに書類棚が配置されていた。カウンター横には二階へと続く階段があったが、通れないように鎖で封鎖されていた。


 僕は丸テーブルを囲んで酒をおあり、トランプに熱中する冒険者の横切りカウンターに向かった。


 あのお酒は持ち込んだ物なのかと思ったけど、どうやらここでは軽食も出しているらしい。カウンターの奥には柱で遮られて死角となった空間に、ちょっとしたキッチンスペースが設けられていた。


 カウンター越しにいたのは髭を生やしたマスターではなくて、胸元が大きく開いた制服を着た受付嬢だった。


 僕の双眼は自然とそこに向けられていた。

 

 言い訳に聞こえるかもしれないが、僕と彼女の高低差にも問題があると思う。どういうことかというと、こっちは立っているのに対してあっちは座っている。

 そのおかげで……そのせいで、自然と彼女を見下ろす形になってしまうのだ。だから、これは仕方のないことなのだ、そう仕方がないのだ。


 例え足元で愛猫が「はぁ~」と盛大にため息をついたとしても、視点が固定されて動けなかった。


 彼女の声が聞こえた瞬間、僕は正気に戻り視線を上げた。

 受付嬢は短く切りそろえた赤髪が印象的な女性だった。


「こんにちは、今日はどういったご用件でしょうか?」


「あっ、どうもこんにちは。冒険者になりにきたのですが、ここで合っていますでしょうか?」


「はい、ここで合っております。では、こちらの用紙にご記入いただけますでしょうか? 何か気になる点がございましたら、お声がけください」


「……ありがとうございます」


 申請用紙には名前や職業、使役している使い魔などの記入欄があった。逆にいえばたったそれだけの情報を提供するだけで、誰でも冒険者になることができる。


 僕たちは呼び名をそれぞれ芦屋廻からメグルに、凛太郎からリンに改めることにした。庶民には苗字が無いことや使い魔の名前は、四文字以下という謎の制限があったからだ。職業は服装や護符から陰陽師にしておいた。出身地とかはとりあえずグラハム村長の村を書いて埋めておいた。


 僕は用紙に必要事項を全て記入すると、彼女に問題ないか確認してもらった。


「はい、問題ありません。では最後に証明写真を撮らせていただきます」


 彼女はカウンターの下からカメラを取り出すと、僕に向けて一度だけシャッターを切った。


 どう考えてもロクな証明写真ではない気がする。静止もせず流れるようにシャッターを切って、ブレていない写真なんて撮影できるのか。ただこのカメラもまた魔具なのであれば、それも可能なのかもしれない。もしくは彼女の技量がずば抜けて高いかのどちらか。


 冒険者として認められると、その証明として冒険者カードが配付される。

 この冒険者カードには、冒険者としての証明証だけではなくて、三大国で通用する身分証明証としての役割も兼ねている。


 なんか色々と大丈夫かと思える制度ではあるけど、身分を証明できない僕としてはこれほどありがたい制度はない。しかも、その記入した情報も真実じゃなくても虚偽だったとしても問題ないらしい。


 村長からその話を聞いた時にはさすがにウソだろと思ったけど、実際にデタラメを書いて提出したが何の指摘もなく通った。ただなぜか証明写真の方で少々手こずっている……写真写りがよほど悪かったのか。


 写真撮影は秒で終わったはずだったのだが、カメラを見たまま時が止まったかのように固まっている。

 しばらくすると、彼女は「少々お待ちください」と僕に待つように言うと、足早に鎖を外して二階に上っていった。


 かれこれ三十秒ほど待っていると、彼女が戻ってきて今度は「こちらへ来ていただけますか?」と僕に階段を上るように勧めた。


 まだ冒険者にもなれていないのに、なぜか僕はお偉いさん呼び出されてしまったらしい。


 証明写真を撮っただけで、それ以外には何もしていないはずなのだが……もしかしてあの時の心の叫びが聞かれていた? そんなことあるわけないか……ないよな。


 あの時というのは、もちろんゴブリンの右耳を集めていた時のことである。


 僕は彼女に案内されるがまま後ろをついて行った。


「……ほんとうにここですか?」


 僕は案内された部屋前でネームプレートを見ながら、そう彼女に質問をした。すると、眩しい笑顔を僕に向けながら「はい、こちらでございます」と、室内にいる人にも聞こえるような通る声で返事をしてくれた。

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