第4話 あ~もうやるしかないか
洞窟の前には小柄な全身緑色の
「あれがゴブリン……」
この世界には人々に害をなす魔物と呼ばれる生物が存在している。ただここで問題なのが、魔物と総称されているだけで、人間との友好を望む魔物もいるらしい。
大草原で一体も魔物に出くわさなかったのは、魔物が苦手とする草が自生していたからだ。ゴブリンのような弱い魔物にしか効かず、またその草をちぎって持って帰ったとしても効果が消えてしまうため、そこまで便利なものではないらしい。
ゴブリンとの友好関係はほぼ望めないから、遭遇したら討伐か逃走かの二択しかない。ただ個体によっては、仲間になったりすることもあるらしいので、念のため僕は交渉してみることにした。
数パーセントの可能性しかなかったとしても、戦わずに済むのならそれにこしたことはない。
僕は戦闘の意志が無いことを示すため手のひらをゴブリンに向けながらゆっくりと近づいた。これならゴブリンの目にも僕が武器を持っていないことがすぐに分かるはずだ。
ゴブリンは「ぐお?」と僕に視線を移すと、崖肌に短刀を激しく叩きつけ「ぐおぉー!」と蛮声を上げた。
ゴブリンは仲間を呼んだ――。
その言葉がゴブリンの行動を見た時に一番最初に頭に浮かんだ。
「……これはダメなやつだ。どうすればいい凛太郎……凛太郎?」
「頑張れ、廻。我も陰ながら応援するのじゃ~」
「えっ、はっ⁉ あ~もうやるしかないか!」
僕は秒で交渉を諦めると、袖に手を入れて臨戦態勢に入った。凛太郎は木によじ登り枝の上で器用に毛づくろいをしていた。
洞窟の奥からぞろぞろとゴブリンが這い出てくるのが見える。まだ列の終わりは見えないが、ざっと数えても二、三十体は余裕でいそうだ。全員が短剣やらこん棒、斧といった武器を手にしていた。刃物系は全て錆びて刃こぼれしていた。一太刀でも浴びれば、破傷風になること間違い無し。剣と魔法の世界とはいえ、魔法による治療がどの程度なのか判断できない現状では、迂闊に病気にかかるわけにはいかない。
僕は袖から護符を人差し指と中指で挟んで取り出して、顔の前で指先に妖力を込めた。
指から伝わった妖力は焔となり護符を燃やすことで、護符に刻まれた妖術が発動する。
緑色に揺らめく火が指先に灯った。その火は酸素を吸い込み燃え上がり、瞬くうちに巨大な火の玉と化した。
術者である僕は全く熱さを感じないし、もちろん燃え移ることもない。この禍々しい色合いの火を鬼火という。数多くある妖術の中で、僕が失敗せずに扱える妖術の一つである。もう一つは葉に妖力を込めることで護符をつくる護符作成という妖術だ。
護符作成は妖術を発動させるための妖術なので、実質僕が今扱える妖術は鬼火のみと言っても過言ではない。
僕の護符のデザインは陰陽師が扱うような達筆な字で印や絵が刻まれた本格的な札ではなくて、どちらかというと現代的な対戦型カードゲームのデザインに近かった。
護符の上半分には妖術イラストが描かれていて、下半分には効果テキストが書かれていた。
例えば鬼火の場合だと、緑色の火の玉にデフォルメされた鬼の顔が描かれたイラスト。簡単にいえば、ジャックオーランタンの火の玉バージョンを思い浮かべてもらうとわかりやすいかもしれない。効果テキストも簡易的で、緑色の揺らめく火の玉を発現させる。たったこの一文のみという至ってシンプルなもの。
僕は数十倍にも膨らんだ火の玉をゴブリンに向かって投げつけた。鬼火は手首をスナップするだけで、指先に水あめのように纏わりついていたのが嘘のようにぽろっと剥がれ落ちた。
鬼火の真に恐ろしいのは火力ではなくてこの粘着性だ。火のくせにとろみがあり、何をしても取れないのだ。
ゴブリンの断末魔が洞窟内外でこだまする――。
僕を警戒してゴブリンが集団で固まってくれたから何とかなった。もし、何も考えずに一斉に襲ってきたら、上手いこと燃え移らずに倒し損ねて、白兵戦に持ち込まれていたかもしれない。
鬼火は次々とゴブリンに燃え移っていき、鎮火する頃には誰も動かなくなっていた。
唯一の攻撃手段とはいえ鬼火の扱い方については、ちょっと考えないといけないかもしれない。
洞窟付近にいてくれたおかげで、草木に燃え移らなくて済んだ。火加減を誤ったら大事故になりそうだ……気を付けよう。
僕は自分の心の変化に驚いていた。鬼火に対してはこれほど感情が起伏したというのに、黒焦げのゴブリンを見ても何も感じなかった。
村人と普通に会話ができたこともそうだが、やはり異世界または転生の影響によって、心身ともに何らかの変化が起こったのは間違いなさそうだ。
何はともあれこうして僕の初戦は終わった。
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