第5話 星空ってこんなに綺麗なんだな
僕は震える手で狩猟ナイフを握りしめて呆然と立ち尽くしていた。隣では凛太郎が寝そべり欠伸をしていた。
「いつまでこうしておるのじゃ? 我そろそろ飽きてきたんじゃが?」
「う、うるさいな……これ本当にしないとダメなのか?」
「路銀がいらないのであれば、我は別に構わんぞ?」
「くっ、それを言われるとやらざる負えないじゃないか……」
「じゃあー、さっさとやるのじゃ。思いきったら吉日、さあ廻よ。さあさあ切り落としてしまうのじゃ。こんがりと火も通っておるし、血も出んから大丈夫じゃ!」
凛太郎はそれはもう本当に嬉しそうな声で僕にそう言い放った。
それにしてもテンションの高いウチの子もまた可愛いな……この状況下でなければ万歳三唱していたところだ。
凛太郎の声援を糧に僕は覚悟を決めた。
魔物を討伐した場合は、その証明として魔物一部を回収しなければならない。不正防止のためらしいけど、魔具がこれほど発展しているのに、なぜにここだけ古き良き王道ファンタジーのなのかと……お偉いさんに小一時間、問い詰めたい気分だ。
狩猟ナイフを耳の付け根に沿わせると息を止めて一気に刃を引いた。
じゃりじゃりと焦げた触感がナイフを通して手に伝わる。
切り取った右耳を麻袋に放り込む……この作業を僕は延々と繰り返した。
人間は順応する生物だというけど、僕は今それを体験しているところだ。最初はあれほど拒絶反応が起きていたのに、十体あたりからはもう路銀を稼ぐための仕事として行っていた。終盤にもなると、右耳がお金に見えてきたほどだ。
僕は最後の一体から耳を切り落として麻袋に入れた。
「――五十二個目っと……ふぅ~疲れた。残りはこのまま放置でいいんだっけ?」
「うむ、村長もそう言っておったし、そのまま捨て置けば良いのではないか?」
「そうだな、それにしてもこれでいくらになるんだろう。楽しみだな!」
「たった十分足らずでそち……だいぶ人が変わったの。なんというか逞しくなって我も嬉しいのじゃ」
凛太郎には僕が笑みを浮かべ麻袋を上下に揺らしていたのが、よほど奇妙に映ったのだろう。あれほど言葉を濁した凛太郎を僕は初めて見た気がする。僕に対して凛太郎が話すようになってから、まだ二日目だから初めてなのは当たり前か……。
そう考えるとこれから僕は色々な凛太郎に出会えるということか……悪くないな。
僕は麻袋の口を閉めて腰ひもに吊るした。この持ち運び方法は帯刀のやり方をアレンジしたものだ。とはいっても、ただ口紐を腰ひもに括り付けただけでのお手軽結び。
その後、何度か枝分かれした道を立て看板や地図を見ながら進んだが、目的地まではまだそこそこ距離があった。
丘を越えて森を抜けて、平地に出た頃には太陽の代わりに月が弱々しく大地を照らしていた。
地図で見るのと実際にそこを歩くのとでは全然違っていた。
「……今日はここまでだな」
平地のため坂もなく歩きやすいし分かれ道もないため、ここから三、四時間ぐらい道に沿って歩いて行けば、ソレイユにたどり着けそうではあるが、あえて今夜は野宿することにした。
鬼火を松明代わりにして夜道を歩くこともできるけど、通行人と出くわした時のことを考慮してやめておいた。深夜帯に禍々しい火の玉を手にした人影と遭遇した場合、相手はどんな対応をしてくるだろうか……という話である。
冒険者の町というぐらいなのだから、通行人の大半は冒険者や行商人。行商人は道中を無事に移動するために護衛を雇っている。行商人の護衛となると、そこそこ腕が立つ冒険者のはずだ。つまり、何が言いたいのかというと、僕が魔物として討伐される可能性があるってことだ。
スペクターというスケルトンの親戚のような骸骨型の魔物がいる。厄介なことにその魔物は人語を話し
冷静に僕の顔を見てくれればワンチャンあるのだが、前述の通り暗闇に緑の炎を燃やして近づいてくる……高確率でアウトではないだろうか。
そんなやつが近づいてきたら、僕だって自分の身を守るために攻撃するかもしれない。
その最悪な状況が起きないための野宿というわけである。
通り道の近くで眠るのはあまりにも無防備すぎる気がしたので、月明りを頼りに今夜の寝床を探すことにした。
「隠れ場所としても寝床としても悪くない、ここにしよう。凛太郎もそれでいいか?」
「廻の好きにするが良い。我はどこでも眠れるからの」
通り道から南に下ったところに、膝下あたりまで伸びた草花が密集している場所があった。寝転べば完全に僕の姿は見えなくなる。もっと探索すればここよりもいい場所が見つかるかもしれないが、たかだが一泊のためにそこまで労したくもない。
僕は草花を踏み均して、自然のベッドをつくりあげるとそこに仰向けに寝っ転がった。
視界いっぱいに広がる光景に僕は感嘆の声を漏らした。
凛太郎の
「……星空ってこんなに綺麗なんだな」
「このあたりには光源もないし、空気も淀んでおらんからじゃろうな」
凛太郎は興味なさそうにそう返すと、僕の胸に飛び乗ってきた。
その衝撃で僕は強制的に肺から空気を排出させられた。てっきり、凛太郎も僕がつくったベッドの上で眠るものだと思っていたので、この強襲は予想していなかった。
眠れないこともないけど、少々息苦しい……だけど、この温もりも捨てがたい。
この状態を五分ほど続けてみた結果、凛太郎にはどいてもらうことにした。
僕としても苦渋の選択ではあった。だが、心を鬼に『どいてほしい』と言わないといけない。じゃないと、僕は一睡もできずに朝を迎えることになる。どういうことかというと、呼吸するのに意識がいってしまい目を閉じても、全然睡魔が襲ってこないのだ。
その決意は脆くも崩れさることになった。
僕には体を丸めて気持ちよさそうに眠る凛太郎を起こすことはできなかった。
「……凛太郎、おやすみ」
その可愛い寝姿を眺めていたら、無性に顔を埋めたいという衝動に駆られた。
僕という寝床を提供したのだから、家賃的な感じでちょっとぐらいなら問題ないんじゃないか……。
そんな邪な気持ちも時間が経つにつれて薄れていった。
凛太郎の鼓動による安眠効果によって、まぶたが重たくなり自然と眠りについた。
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