第8話 いやほんと最高の10秒だったよ!
だが、こういうときの悪い予感はだいたい当たる。
「瑞花さーん! 葉鳥くんが妖力分けてくれるそうですよー!」
ほらやっぱり。しかも瑞花さん、こちらに向かって全速力で飛んできてるし。あれ、暗鬼は……火の玉で作った
目の前までやってきた瑞花さんは、想像よりも切羽詰まった表情をしている。そして僕の肩を掴んだ。
「葉鳥、ちょいと妖力をくれ」
え、ちょっ……!? まだ心の準備が……!? そう考えた次の瞬間、瑞花さんの唇が触れた。
つい逃げようとしてしまったが、頭の後ろにがっしりと回されている瑞花さんの腕によって阻まれる。今回は妖力を分けるという目的があるから瑞花さんから逃げられなくて良かったのだろうが、なんとも複雑な気持ちだ。
まだですか、だいぶ力が抜けてきたんですけど。ちょっともう足に力入らないんですけど。もう1分くらい経ったよね!? 少なくとも僕の体感では経ってるよ!? ちょっとそこでニヤついてる人! いやなんでニヤついてるんだ? 藤さんはそんなイセさんを見て頭抱えてるし。
何だこの状況……!?
「……ふぅ。ありがとう、葉鳥。すぐに決着をつけてくるぞ。待っておれ」
僕から身体を離したかと思ったら、そう言い残し、瑞花さんは暗鬼の下へ飛んでいった。いや飛んでいったというより瞬間移動した、といった方が良いかもしれない。
と、とりあえず、僕の役目は終わった、よね? ふらふらとその場に座り込んでしまう。
「大丈夫かー?」
イセさんは僕に目線を合わせながらそう言った。
あの、イセさん……大丈夫かどうか聞きながらなんでそんなにニヤニヤしてるんですか。そして何をそんなに言いたげな表情をしてるんですか。ほら、藤さんも頭を抱えて何かをぶつぶつ言ってますよ。
……なになに? イセの悪いくせがまた始まってしまった? なんですかそれ?
「……いやほんと最高の10秒だったよ! イケメン
最高の10秒って……。絶対に1分は経ってたって!
それにしても、なんだろう。具体的に何がとかは分からないけど、確かにこれは悪いくせだ。何が最高なんですか、本当に。いや聞きたくはないけど。……はっ、つい冷めた目で見てしまった。まあでも、大丈夫そうだな。藤さんも似たような目でイセさんを見てるから。
あれそういえば、イセさん関西弁で喋ってたよね? ばりばり標準語喋ってる気がするんだけど……? うーん、謎だ。
「……すみませんね、イセが」
「えっと、はい。一応聞くんですけど、イセさんはどうしてこんなテンションに……?」
「そうですね、なんと説明したものか。……イセ、ああ見えて実はアニメや漫画、ラノベが大好きなんですよ。それで、そういうものに出てくるようなこと——たとえば先ほどのふたりのキス、とかですね——が実際に起こると、テンションが上がるらしく。ちなみにいつも喋ってるのはエセ関西弁だそうです。好きなキャラの真似だとか。私にはさっぱり分かりません……」
「なるほどです……」
大丈夫、藤さん。僕にもさっぱり分からなかったです。そんな話をしていると、突如ドーンと何かが爆発する音がした。……そういえば、瑞花さんたち闘ってたんだった。
「うわぁぁぁあぁぁ!?」
そんな叫び声と共に、あの暗鬼は光の粒となって消えた。あれ、もしかして、倒した感じ? ……い、いつの間に!? はやっ!? 瑞花さんはすっきりした表情でこちらに戻ってくる。
「お、お疲れさまでした……?」
「うむ、ありがとう葉鳥。……そうだ、お主の大切なものを取り返してきたぞ」
優しい表情で瑞花さんは僕の頭を撫でる。それが、なぜかとても懐かしく感じた。僕の大切なもの……、何を奪われていたんだろう。
「僕の、大切なものですか?」
「そうだ。お主の大切なもの、大切な記憶。思い出せ、葉鳥——」
————ここは?
さっきまで公園にいたはずなのに、僕が立っているのはどこかの病院の廊下。あ、あの着物は。見知ったそれの持ち主を追っていくと、一つの病室にたどり着いた。
病室の入り口には「橘」と書いてあるプレートが。そっと中の様子を伺ってみると、そこには一つの家族があった。女性が大切そうに抱える赤ちゃんを男性が愛しそうに見つめる。あの着物の持ち主、瑞花さんもそこにいた。
『これがお主らの子か?』
『そう、この子は僕らの大切な子』
『名前はね、葉鳥っていうの。素敵でしょ?』
父さんと、母さん……? それに葉鳥って、あの赤ちゃんは僕……? 無意識に伸ばしていた手は半透明に透けていた。ここは夢の世界だろう。
『ああ、素敵な名前じゃ。よかったのう、葉鳥。父と母からの初めての贈り物、大切にするんじゃぞ』
瑞花さんは赤ちゃんの僕の頭をそっと撫でる。こんな穏やかな日々が続けば良いのにな。でもこれは叶うことのない願いだ。
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