第6話 お前の妖力、もらうぞ

「……そうか。さて、お主には消えてもらわねばな。わしの気に入った人間に、葉鳥に手を出したからのう」


 そう言って瑞花さんは宙に浮かべていた火の玉を暗鬼に向かって投げた。9つだけだった火の玉は、18個、36個と分裂し、暗鬼を襲う。それを見た藤さんとイセさんはあのビリビリするおふだを投げた。大きな破裂音が響き、辺りが砂埃に包まれる。

 ど、どうしよう、何も見えない。誰がどこにいるのかも分からない。下手に動くのは下策だよね……?


「ちっ、仕方がないか」


 近くで舌打ちとそんな呟きが聞こえる。この声は暗鬼だ。——それが分かった瞬間、誰かに腕を取られた。強く握られた腕が痛む。たぶん僕の腕を掴んでいるのは暗鬼。これ、かなりまずい状況なんじゃ……。


「こっちを向け、人間」


 顎を掴まれ、強制的に上を向かされる。そこには暗鬼の顔があった。離してと叫ぼうにもその迫力にすくんで声が出ない。


「お前の妖力、もらうぞ」


 そう呟いたと思ったら、暗鬼は僕の唇にその唇を当てた。


 …………は? き、キスしてる? なんで、どうして? というか僕人生で一度もキスなんてしたことなかったんですけど!? ちょ、離してよ……!


 しかもなんか身体から力が抜けていくんですけど!? 何してるの!? 妖力もらうとか言ってたけど。あ、そうか。妖力奪われてるのか。……とはならないよさすがに!? っていうか妖力ってなんだよ。妖怪の力的なもののこと?


 早く離してー!!


 それかほら、砂埃晴れてきたでしょ。誰か助けてー!! 僕は涙目になりながら訴えた。……心の中で。

 あ、瑞花さんと目が合った……! ちょっ、信じられないものを見た顔しないで……、なんか悲しいからぁ。あれ、瑞花さんから表情が消えた? と思ったら瑞花さんも消えた? 一体どこに——?


「葉鳥から、離れろ」


 10メートルほど先にいた瑞花さんは瞬きの間に暗鬼の背後に移動していた。そして僕に話しかけるのとは全く違う低い声で言う。


「ああ離れるとも。妖力は存分に奪ったからな」


 暗鬼は僕を掴んでいた手をあっさりと離した。想像以上に力が入らず、僕はその場に座り込んでしまう。ちらりと見えた瑞花さんの顔に感情はなかった。怒ったら表情がなくなるタイプの人だ。……こんな状況で何考えてるんだ僕。まあいい。


 勘違いではないレベルで暗鬼の黒さが、異質さが増している。もしかしなくとも妖力のせいなのだろう。妖力って本当に何だ。


「人間嫌いなお主が人間から妖力を奪うとは、面白いことをする。それほど切羽詰まっている、ということなのだろう?」

「ふん、お前には関係のないことだ」


 鼻で笑った瑞花さんに対し、暗鬼は冷静に答えた。めっちゃ煽ってる瑞花さんもすごいけど、その煽りに乗らない暗鬼もすごい。

 だいぶ見当違いなことを考えていることは分かっているが、仕方のないことだと思う。これくらい現実逃避しないとやってられないね。


 それにしても、人間から妖力なるものを奪うのは珍しいことなのか? あ、でも確かにそんな妖怪視たことないかも。


「関係ないとは言わせんぞ。お主が妖力を奪った人間がわしの気に入りの者だったからな。それにお主はわしらが100にも満たない頃からの友だ」

「……瑞花、まだ我の友を名乗るか」


 瑞花さんと暗鬼って友達だったの!? しかも100にも満たない頃からの友って、つまりは瑞花さんと暗鬼って同じくらい生きてるってことだよね……? ということは、暗鬼も1000年くらいは生きているということか。なんというか、手強そう。


「……葉鳥くん、葉鳥くん、こっちこっち」


 瑞花さんと暗鬼が睨み合いながら話しているのとは逆方向から、イセさんの声がした。小声のイセさんに合わせて静かに振り返ってみると、手招きしているその姿が茂みの中から見える。


「音を立てないように、なるべく静かにこちらへ来てください」


 藤さんの指示に従い、そーっとそーっと姿勢を低くして歩く。結構きついなこの体勢。そんなことを考えながらも、なんとか二人と合流できた。


「瑞花さんは置いといて、無事集まれたことやし作戦会議といこか。藤、葉鳥くん、何か分かっとることはある?」


 茂みの中に隠れるように、3人そろってしゃがみ込んでいる。はたから見れば成人男性3人が何かしてる、え、怖い、となるような光景だろう。まあ人払いはしていると言っていたから大丈夫、なはず。


「私からは何とも言えませんね。暗鬼で、瑞花さんのお知り合い。心当たりはあるのですが、正直自信はなく……」

「あの、さっき聞こえてきた会話からなんですけど、瑞花さんたちが100に満たない頃からの友って言ってました」

「それは……! とても有益な情報をありがとうございます。これで確信が持てました。そこにいる暗鬼は現在存在するなかで一番古い暗鬼です。1000年以上は生きており、人間嫌いで有名。そろそろ寿命を迎えると言われています。まさか私たちが追ってきた暗鬼がそこまで大物だったとは……」


 暗鬼ってそんなにたくさんいるのかな。しかも一番古い暗鬼で、そろそろ寿命を迎えると言われているって……。


「暗鬼ってその鬼の名前……個体名じゃないんですか?」

「個体名やないなぁ。暗鬼っちゅうのはな、九尾きゅうびの狐や白狐びゃっこ金狐きんこ銀狐ぎんこみたいな種類のことや。今挙げたものは全部妖狐の種類やな。そんな感じで、暗鬼は鬼の種類の一つや」

「そうなんですね……」


 てっきり暗鬼っていう名前なのかと思ってた。……そういえば、瑞花さんはどんな種類なんだろう。あとで聞けたら聞いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る