第5話 そうですね。存在の抹消ですね
「先に謝っておくが、これは必要なことなんじゃ。すまぬな、葉鳥」
僕の両手を取り、瑞花さんは言った。あの、何を謝っているんですか。どうして両手を握っているんですか。その仄暗い笑みはなんですか。怖いですよ、本当に。……いや、うん、今から何をするつもりですか!?
瑞花さんは左手で僕の両手を捕らえ、背後の木に縫い付けるように抑えた。藤さんとイセさんの方に助けを求める視線を送っても、頑張れとでも言いたげに頷かれた。頑張れじゃないんですよ!? 何をされようとしてるんですか僕は!?
そんなことを考えている間に、瑞花さんは右手を僕の腹部に近づける。あろうことかその鋭い爪で刺し、手首まで突っ込んだ。想像した痛みはこず、血は流れなかったが、代わりに気持ち悪さがやってくる。
やばい……、気持ち悪い。吐くような気持ち悪さとは違った、嫌な感じ。自分の根本的な何かを掻き回されているとでもいったものか。立っていることすら辛くなってきた。身体に力が入らない。
瑞花さんは力が抜けた僕を左手で支えながら、腹部に突っ込んだ右手で何かを探している。
「……なかなかすばしこいのう。葉鳥、もう少し我慢してくれ」
もう少しってどれくらいですか……。そんな疑問を声に出す余裕もない。
じっとこちらを見ている藤さんとイセさん、どうしてそんなに興味津々みたいな表情してるんですか。僕はこんなに辛いのに。……ちょっとは心配でもしろ。
「かはっ!」
身体中を動き回る何かを掴まれた。何これ、この動いてるやつ、めっちゃ気持ち悪い。さっきまで当たり前のようにあったはずの何か。瑞花さんが捕まえた途端、異物だと身体が認識したようだ。
「捕まえたぞ。あとは引っ張り出すだけじゃ」
引っ張り出す……? この気持ち悪さももうすぐ終わる?
そう思った瞬間、瑞花さんの手が腹部から引き抜かれた。その手には黒くて細長い何かが。何それ……。そんなのが僕の身体に入ってたの? こわっ……。
手が抜かれてから、あの気持ち悪さはなくなった。むしろさっきよりも身体が楽まである。
「それが鬼ですか……?」
「そうじゃな、こいつが暗鬼じゃ。が、寿命が近づいているのだろう。弱体化しておる」
暗鬼と呼ばれた黒い何かはくねくねと動いている。なんか気持ち悪い。虫を思い出させる動きだ。
だんだんと力が入るようになってきたので、僕はゆっくりと立ち上がり、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「それ、どうするんですか?」
「そうじゃのう……。わしは消そうかと思っておるが、藤とイセはどうしたいか?」
消す……物騒な響きだ。妖怪ならではの感覚なのかもしれない。瑞花さんに聞かれた二人は、顔を見合わせ、答えた。
「どうしたいって、祓うに決まっとるよ?」
「そうですね。存在の抹消ですね」
イセさんは不思議そうに、藤さんは笑顔で言った。消すよりも物騒なこと言ってる……。どうやら妖怪ならではの感覚ではなかったみたいだ。で、祓うってどうするんだろう? あの電撃を食らわすのかな。
「それもそうじゃな。あとは任せるぞ」
瑞花さんは暗鬼を宙に放り投げる。くるくるとそのまま地面に落ちるかと思いきや、ボン、と音を立てて姿を変えた。
黒いにょろにょろの面影はほぼ——強いて言うなら色くらいしか——あらず、ハーフアップにした長い黒髪に黒い瞳、耳は少しだけ尖っており、額から黒いツノが生えている。
黒に近い紫色の着物をまとった姿は、アニメや漫画に出てきそうな鬼そのものだった。
「……ふむ、外に出されてしまったか」
低い声でそう呟くと、ぐるりと僕たちの顔を見た。息が詰まる得体の知れない怖さ、一挙一動が監視されているかのような迫力……。この鬼、本当にさっきの黒いにょろにょろと同一人物か? ……人物ではなく鬼物? まあ、そんなことはどうでもよくて。
「お前……」
暗鬼はこちらを見て言った。お前って誰だろう。こっちには僕の他に誰もいないよね。ということは、え、僕……? 自分を指差して視線で聞いてみると、そうだと答えられた。
「お前……、我が闇に引き摺り込んだはずだが。どうして生きている?」
「どうして、ですか……? 身代わりのふだのおかげ、ですかね?」
「そうか、身代わりのふだか。……ふむ、納得した」
何かに納得されてしまった。ちらりと藤さんとイセさんの様子を伺うと、いつでもおふだを使えるようにとばっちり準備していた。
もしかしてこの鬼、実はやばい感じ……? そう考えたらそんな気もしてきた。瑞花さん以外の人型の妖怪に会ったことはなかったから。
瑞花さんの様子を見てみると、こちらも警戒モードなようだ。青白い火の玉を9つほど宙に浮かべている。
「暗鬼……、別の者かと思っておったが、お主じゃったか」
「お前は相変わらず人間に肩入れしているな、瑞花」
え、あ、お知り合い……? ただならぬ二人、ではなく二妖怪の様子に、僕だけでなく藤さんやイセさんも驚いているようだった。
「人間なんて、つまらない者なのに。面倒な『心』というもので周囲を振り回し、すぐに裏切り、すぐに死ぬ。そんな者の何が面白いのだ?」
「人間の恐怖を食らうお主には分からんじゃろうな。心があるからこそ、終わりがすぐそこにあるからこそ、面白いのじゃ」
「ふん、やはり我には分からない。分かりたくもないな」
瑞花さんが一瞬だけ見せた悲しそうな表情が気になった。
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