第14話 転職できますように
大女優である夢野絵理奈と肉体関係になった哲人。
傍から見れば奇跡の出逢いを果たし、憧れの相手とモノにした豪運な一般人と認識される。
言わずもがな、そべては必然の成り行き。
さすがに相手が相手なだけに臓器が飛び出そうなほど緊張した彼であったが、結局は思い通りに事が運ぶので嫌われるという恐れはなく、すぐに彼の緊張は消え去った。
終わってしまえばなんてことはない。
綺麗な顔立ちということを差し引けば、特段感動するものはなかった。
思い通りに願いが叶うとわかっていれば、憧れも虚像に変貌する。
何が起こるか分からないから、人は興奮をするのだろうか。
哲学的に理解した哲人は、苦笑する。
夢野は彼に虚像の恋心を抱く。
だけど彼はそれには応えない。
二人でラブホテルへと消えゆく瞬間を激写され、それは思った以上にマスコミの恰好の的となった。週刊誌ではモザイクがかけられているとはいえ、すぐに特定班によって彼の正体はネットで拡散される。
べつにそれで誰かをどう訴えるという話をするつもりはない。
よもや、その煩わしい出来事でさえ、思いの力でどうとでもできる。
今はちょっとした有名人の気分を味わおう。
余裕をもって、哲人はこの瞬間を愉しむ。
この熱愛報道と取れる内容に、婚約者である結花は怒ってくるようなことはなかった。思いの力の影響力というのが強大なのか、哲人に対する情愛が薄れることはない。
しかし、これに際して哲人はなんだかモヤモヤしたものを抱く。
愛されていることは喜ばしいのだが、そこで嫉妬や怒りが向けられていないことに気持ち悪さを感じていたのだ。
まるで自分が反抗を許さない王様にでもなったかのような。
これは本当の愛と呼べるのか?
洗脳と変わらないのでは?
哲人にもまだ道徳心や背徳感が残っていた。
凄まじい力を持ちながらにして、なんでも思い通りに叶えてしまっていいのだろうか? チートな人生は本当に楽しいものなのだろうか?
葛藤する。一瞬だけ。
すぐに彼はその真面目な考え方を捨て去った。
(んなもん、なんでも叶うほうが幸せに決まっているじゃねぇか)
夢野とはそれ以降も幾度と会っていたが、急に熱は冷め、自分から連絡することも返事を返すこともなくなった。
もちろん絶世の美女を傍らに置いて、羨望の眼差しを受けることに対しては優越感に浸れる。
しかし、元はただの一般人。急に世間から注目を浴びることにひどくストレスを感じることとなった哲人は、さっさと周囲の目から離れたいと思うようになったのだった。
美女も一緒にいれば飽きる。と、今回のことで彼は学習する。
結婚間近かと報道されていた一流女優のゴシップも、突如として“破局か!”と文面を打たれるようになり、今や国内のメディア放送では熱いネタとなっている。
そこはさすが大女優とも言うべきか。
夢野は素知らぬ顔でドラマや映画撮影を続け、しまいにはそのネタを逆手にとってバラエティー番組にも参戦し始めて笑いに変える精神力を持っていた。
これまで付いていたファンが彼女から離れていくことは少なくはなく、反対にそういう逞しい彼女を見て、今まで無関心だった新規のファンが増えるのであった。
この誰もが憧れる相手と肉体関係を持ったことにより哲人の中で女性関係に対する欲は満たされ、以降は女性への情欲が薄れていってしまう。
成功体験によりハーレム計画を考えていた彼であったが、それを機に興味を失い別の欲が湧き出てくるのであった。
1000万円という大金を手にしたことで、しばらくは働く必要もなかった彼であったが、次は名声を築き上げたいと考えるようになる。
過去、彼は誰にも敬われることなく地味な存在として生きてきた。
学級内でも注目を集める、いわゆる陽キャに憧れはあったものの、そういう性格を出すことはとてもじゃないが恥ずかしくてできやしなかった。
今や学生ではないが、それでも多くの人間から慕われて尊敬され注目されたいという願望は消えない。
注目されるといえば、てっとり早いのが芸能人になること。
しかし、それは彼の選択肢からは簡単に外される。
夢野の件もあって、どこぞの骨かもわからない人間に追い回されるのはコリゴリになっていた。
そんなわけで、彼は一般人として地位を築こうと考える。
とりあえずは学歴コンプレックスに職歴コンプレックスといったものを払拭させるため、彼は大金を元手に大学に通い直すのもアリだと思うのだった。
東京大学、慶応義塾大学、早稲田大学、京都大学……。
名のある学校への入学。
この思いの力があれば、どうにか学力がなくても入ることは可能かもしれないし、非現実として受け入れられないかもしれない。
そもそも4年もの時間を浪費する価値はあるのだろうか?
学歴コンプレックスはあるが、結局は現在地が満たされていれば、それは解消されることだろう。
ここは一つ、職歴コンプレックスを軸に考え、この年齢でも奇跡の大逆転ができるところをみせようじゃないか。
(うん、そっちのほうがドラマチックでロマンがある)
こうして哲人は、転職を考える。
彼が悩むのは自分に合った仕事を探すことじゃない。
周囲の人間が羨む会社を選別し、どこに入るかということ。
どの企業でも自分を受け入れる。という、絶対的自信が今の彼にはあるのだった。
(決めた。ここにしよう)
“俺が株式会社
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