第13話 捕えてやるからな

 “くまんだもん○×店”で相次いだ失踪事件も、二週間が過ぎて進展なし。

 それどころか捜索の打ち切りが決定し、公に大きなニュースに至ってはいない。


「まるで神隠し。まるでカメラの位置を網羅しているように足取りが消えてしまったわけだが、三者ともそんな偶然が重なるものなのか」


 森正道は、上の指示によって打ち切られたことに不満を持つ。


「仕方がないですよね。遺体で見つからない限りは、私生活に嫌気が差して蒸発したもんだと判断するしかないでしょう」


 部下の山下がなんとか正道をなだめようとし、彼の大好物であるエクレアを差し入れる。そ荒っぽく受け取った正道は、チョコにコーティングされたそれを袋から取り出してむさぼる。


「荒れているねぇ、マサさん。そんなにその失踪が引っ掛かるのかい?」

「当然だ」


 クルクルとキャスター付きの椅子の上で回りながら、中年の井倉が週刊誌に視線を落とす。そんな彼は器用にも正道との会話と週刊誌の内容の理解を成立させていた。


「神隠しって言うのなら、うちの出番はないでしょうよ。せいぜいオカルト好きな動画配信者や自称霊媒師に任せておくのがベストだと思いますよ。こっちが必死に動いたところで骨折り損なるのは見えています、うん。この件はこれでお終いでよかったんですよ」


 井倉という男には正義感や警察としての熱量が欠落していた。

 これを悪いと正道は思っちゃいない。

 彼のような冷淡な性格は他人への感情移入が皆無であり、固定概念なくして人を疑うことができるからだ。


「おっと。そんな神隠しよりも今はこっちの大事件ですぜ」


 一ページ捲った週刊誌に井倉を身を乗り出して釘付けになる。

 そこに記された記事を見て、彼は何やらニヤニヤしながら一人で頷き始める。

 ゴシップ好きの彼にとっては、有名人の新鮮なゴシップ情報は食事を摂るのと同じぐらいに必要なものであった。


「げへぇ。こんな美人さんをモノにできた一般人は相当な豪運の持ち主だろうなぁ」


 満足したのか、井倉はそのページを開けたまま机に放り投げる。

 隣の席についていた正道はふと、そのページに右半分に大々的に載せられた白黒写真へと視線を落とす。


 一度はチラ見してデスクワークに戻った彼であったが、すぐに見事な二度見をしてみせる。

 その写真をジトーと見ている彼に対して、井倉は面白可笑しそうに顔を近づけていった。


「なんだマサさん。アンタも日本で絶大な人気を誇る女優さんの汚れた部分に興味があるのかい? 結局、彼女らも人間。私たちと何も変わらん欲情の生き物だってこそさ。メディアの世界で煌びやかに生きている人間から、こういうゴシップが流れると妙に親近感が湧いて応援をしたくなる。わかるかい? 私はなにもこういうので裏切られただの嫉妬するだのということはない。あー彼女と私は同じ人種なんだな。と、安心するわけだ。安心感は日々の栄養だと思わないかい? 安心を感じなければ、人間っちゅうのは簡単に壊れてしまう。私はね、栄養のためにゴシップをこよなく愛しているんだよ」


 井倉が熱く語る横で、彼の言葉を聞き流していた正道。

 記事の内容は至ってよくある芸能人のゴシップ。

 特に今回は、日本国内でトップクラスの女優が異性と路上キスに始まり、その異性と手を繋いでラブホテルの中へと入っていくのを激写されていることで、世間の注目度は高い。


 だが、スクープ自体に正道の関心がいったわけではない。


 女優の顔ははっきりと映し出されているが、相手は一般人ということもあり顔を白塗りにされている。

 ところが、正道はその顔も分からぬ男に対して身に覚えがあるような気がした。

 どうしてそう思ったのか。

 つい先日、写真に写っている男と似た体格でまったく同じ服を見た記憶がある。


(はて。どこだったか)


「あーそうか。あの時の従業員か」


 “くまんだもん○×店”での失踪事件の際、聞き取り調査としてそこで働く従業員の一人一人に話を伺ったことを思い出す。

 相次ぐ上司の失踪もあって、開店を取りやめた“くまんだもん○×店”の従業員は誰一人として制服を着てはいなかった。


「また、君か」


 河村哲人。

 一際、正道が引っ掛かりを覚える男。

 渋谷での無差別通り魔事件でも関わっていたこの男に対し、やはり拭いきれない疑いの目は残っていた。


 たかだか居酒屋のアルバイトが、国内認知度の高い女優と肉体関係になる?

 いや、普通の生活をしていればありえない。

 

(やはり、この男には何かあるに違いない)


 正道は立ち上がる。

 そんな上司に驚いた山下だったが、正道の輝く目を見て悟ってしまう。


「なにか降ってきました?」


 降ってくるとは、小説家や作詞家が何か閃いたときと同様の使い回しである。


「彼だ。河村哲人には絶対に何かある」

「河村哲人……?」


 山下にはもはや記憶にない人物。


「“くまんだもん”の従業員だ」

「ええ。まだ捜索を続ける気ですか?」

「捜索は打ち切ったんだろ。今度は誘拐、脅迫、殺人。なんでもいいから河村哲人の不審な動きについて調べる」

「まーた勝手なことをして。上に散々勝手に動くなって口酸っぱく言われているじゃないですか」

「だからなんだ。井倉がゴシップを栄養にしているように、俺は怪しい奴を納得するまで追いかけることを栄養にしているんだ」

「……あなたも井倉さんも偏り過ぎなんですよ。まったく」


 後輩の気苦労もなんのその、正道は活き活きとして身のこなしで外へと飛び出すのであった。


”必ずお前の尻尾を捕えてやるからな”


 

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