第5話 声をかけろ

 吉川と水野が失踪して早3日が経過する。

 ついには彼らの家族が失踪届を出して警察が介入してくる。

 その聞き取りは哲人にもやってくる。


「最後に吉川さんと会ったとき、なにか異変を感じたこととかありますか?」

「いえ。いつもの調子でしたよ」

「なにか普段から困っているようなことは仰っておられませんでしたか?」

「はぁ。まぁ、今の職場でずっと続ける気はなかったようですが」

「切羽詰まっていた感じでしょうか?」

「いえ。むしろ伸び伸びしていたぐらいです」


 彼の最後の姿を捉えていたのは、彼自身の自宅の最寄り駅で映っていた防犯カメラである。そこから彼の足取りを追っていた警察であったが、幾分、郊外でも中々の田舎であったため、カメラの死角は多く彼はあっさりと姿を眩ますことが可能であったのだ。


「今度は水野さんについて訊ねても?」

「まぁ、聞かれてもなにも答えられませんよ。べつに店長とは親しく話す間柄でもなかったですし、正直言って雇われ店長だなんて不満の塊を持つのが必然みたいなところがあるじゃないですか」


 たしかに。と言わんばかりに聴取を取っていた警察官は苦笑いをする。

 これだけ同じ職場の人間が立て続けに失踪したともなれば、事件に巻き込まれたと考えるのがセオリーだろう。

 哲人は自分がそれに関与していると思われている一人なんだろうなと思いながらも、事実、自分はなにも後ろめたいことをしていないので、聴取にか一切の緊張を持つことはなかった。


 警察が去って、“くまんだもん”の中は重たい空気が漂っている。

 べつに吉川や水野を心配しているわけではない。

 皆の不安は、今日はちゃんと姿を現わした大友が、この店を現状仕切っているところにある。

 しばらく彼が店長代理になるのだとすれば、それは億劫を通り越して恐怖である。


“こいつも消えてくれ”




 同じ職場での3人目の失踪となれば、警察も偶然とは考えない。

 大友の失踪。

 そして、いよいよ哲人は自身が発する不思議な力を疑わなかった。


(まちがいない。この3人を消したのは、俺の心の願いがあったからだ!)


 だが、どうしてだ。

 以前、1000円を拾うという実験では失敗したではないか。


(なにか発動条件がある……?)


 心臓がバクバクとする。

 未だに半信半疑。

 だが、もしも思ったことが叶う能力なんてものを手にした日には――。


「河村さん?」


 中年男性が哲人の顔を覗き込む。

 この男性は黒いコートを身に纏い、他の警察官と一線を引いた恰好をしていた。

 一連の流れは刑事事件扱いをされるかの瀬戸際らしく、彼は刑事として“くまんだもん”へと赴いてきたようだ。


「いえ、すみません。こうも周りでおかしなことが立て続けに起きてしまったら、自分も巻き込まれてしまうのではないかと不安になって」

「ご心中お察しします。我々のほうも取り急ぎ、行方不明者の捜索に取り掛かっておりますので」


 そうして警察は“くまんだもん”から去り、残された従業員同士での雑話が始まる。


「この店、呪われているんじゃないっすか」


 佐藤が面白可笑しそうに発言する。


「ま、辞め時かな。俺としては残りの期間で金を稼ぐつもりだったけど」


 三浦は平静に考えを述べる。

 哲人としても嫌な居酒屋バイトを辞めるうってつけの理由ができ、心はすでに辞める方針で固まっていた。


「一応、次の店長が派遣されてくるらしいっすよ。その人が来てから私は判断しようかな~」


 稲瀬の考えもアリか。

 そう思いながらも、哲人は居酒屋店長に期待などしてはいなかった。



 “くまんだもん”はこの日、休業することとなった。

 従業員が解散した後、哲人はウキウキとした心理状態で帰路を辿る。


 さて、自分は本当に異能力に目覚めてしまったのか?

 試したくて試したくて仕方がない。


 駅に向かう途中、すれ違う人々に目をやる。

 なんでもいい。とりあえず、なんでもいいから思う。


“俺に声をかけろ”


 通り過ぎようとしていた明るい髪色にウェーブをかけた女性へと念を送る。

 一度、横を通り過ぎた彼女の背中を目で追いかけて様子を窺う。

 すると、ピタっと、女性は何を思い出したかのように立ち止まったのだった。


 半信半疑だった哲人は、相手のその行動――さらにその先の行動に対して胸が破れんばかりにドクドクと心臓を高鳴らす。


「あの、どこかで会いませんでしたか?」」


 女性が振り向き、目を丸くする哲人に尋ねる。


「えっと……どうだったかな」


 咄嗟にいい答えは見つからない。


「そう……ですか。ごめんなさい、勘違いだったようです」


 女性は頭を下げて再び歩き出す。

 ものはためしだ。

 哲人はさらに追加で思うことにする。


“俺を飯に誘え”


 女性の背中に向けて、彼はそう思った。

 すると。

 彼女はまたまた振り返り、少し照れ臭そうに頬をポリポリと長い爪で掻く。


「実は私、さっき彼氏にドタキャンされちゃって……。もし、時間があればなんですけど、私と一緒にお食事をしていただけませんか?」


 普通ではありえない状況。

 これが起こり得たのは言うまでもなく、思うことが叶ってしまう不思議な力のお陰だ。


 哲人は表情には出さなかったが、醜い笑みを心の内で浮かべるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る