第4話




 案内された先には応接室の札がかかった部屋だった。


「もうまもなく主人が参ります。この部屋でお持ちください。」


 応接室にはソファが2つ、向かい合って置いてあり、その間に長机が置かれている。まさしく応接室といった部屋だった。

 店長と一緒にソファに座ると、使用人によって紅茶とクッキーが置かれる。用を済ませると使用人はすぐに部屋からいなくなってしまった。今からここでする話のことが聞いてはならないものだろうと知っているのだろうか。店長と私しか居なくなった部屋はとても静かだ。


「今まで何回かこのようなお屋敷に入ることはありましたが、やっぱり何処も使用人がしっかりしていますね。」

「やはり使用人は屋敷の顔と言っても過言ではない存在ですからね。自分の権威を見せるためにきちんと使用人の教育をしているところが多いですよ。」

「やっぱり、そうですよね。」


 入るときにも思ったけれど、使用人が客に向けて無礼なことを言うのはフィクションの中だけなんでしょう。

 そんなことを思っていると足音が近づいて来るのが聞こえてくる。その足音は部屋の前で止まり、扉が開いた。


「お主らが魔法店だな。今日はよろしく頼むぞ。」


 現れた館の主人は手に小さなカバンを持った細身の老人で、和服を着ており、なかなかに堂の入った着こなしですね。


「ええ、よろしくお願いします。魔法店の店長をやっております。店長とお呼びください。こちらは従業員の天國ひなです。」


 小さくお辞儀をする。


「分かった。儂のことはオオトリと呼んでくれ。早速、本題に入らせてもらおうか。これが例の本だ。」


 オオトリは向かいに座るとすぐにカバンからハードカバーの大判の本を出した。それは赤い表紙には黄色で大きく「THE KING IN YELLOW」と書かれている、それは中身を見ずとも何か狂気的なものが感じられる不気味な本でした。


「おや、『黄衣の王』ではありませんか。む? ちょっと見せてください……。」


 店長は何か知っているみたいです。本当に店長は何者なんでしょう。あれっ、これ魔法使わなくても良いんじゃ……いやいや、どんなことがあるかわからないからちゃんと用意しておかないと。


「なるほど……まあ良いでしょう。」

「何か分かったのか⁉️」

「いえ、この本が黄衣の王であるとだけしか。」

「黄衣の王とはなんだ?」


 その黄衣の王って何でしょうか? あ、言ってくれました。


「そうですね……、聞いた話になりますが『黄衣の王』は1800年代に出版された美しくも恐ろしい言葉で埋め尽くされた演劇台本だそうです。魔術書ともいわれていますね。内容は黄衣の王と呼ばれる怪物に関して書かれていてこの本を読んだ人は黄衣の王を幻視し、狂気に蝕まれていくと言われています。」


 へー、そんなのがあるんだ。うちで扱ってる魔導書とかにもそういうヤバいのとかあるのかなぁ。……マズイね、集中が切れかけている。


「そんな本が出版されていたのか。儂は英語が読めんから助かったと言えるのかの。」

「そうかと思われます。……良ければこの本の過去をお教えした後に買い取りいたしましょうか? もし『黄衣の王』が誰かに読まれでもしたら危険なので。」

「そうだな、そうしたほうが良い。後で見積もり等をお願いしよう。」

「わかりました。それでは過去視の魔法を使ってみましょうか。ひなさんお願いします。」


 ふう、やっぱり使うことになりましたね。はぁ〜、使わなくてもできそうな感じでしたけど仕方ありませんね。


「そっちの嬢ちゃんが使うのか。」

「はい、使わせていただきます。では本をこちらに。」


 オオトリは期待したような目で本をこちらに差し出す。1つ深呼吸を挟む。本を額に付け、私は宣言する。


「では行きます。」


 一言、自分ですらわからない不可思議な、そして冒涜的な言葉が口から漏れる。その瞬間、私は……眼の前が真っ白になった。




 ――――――




  ……まるで映画を見ているようでした。それが、『黄衣の王』が本として創られたときから全てを記した映画です。それはとても濃密で、渦のように引っ張られて、まるで飲み込まれてしまうような不可思議な体験でした。ああ、とても自分が見てはいけないもの達の連続です。そこで私はこの本がどうやってここに、オオトリ様の元にたどり着いたのか、それを知りました。ああ、ああ、ああ。もう少し、もう少しこの本を見ていたい。ああ、モッとこノ本を知りた……。



「はい、そこまでです。」


 眼の前でパチンと音がなり、目が覚める。まるで悪夢を見ていたかのような嫌な感覚が肌を伝う。いや、本当に悪夢を見ていたのだろう。


「ふむ、魔法はうまくいっていたので、本人の技量と……この本のせいですかね。ひなさんに『黄衣の王』は早すぎましたか。」


 眼の前の老人が少し心配そうに、けれど泰然とした様子で座っている。


「失敗したか?」

「いえ、成功したのですがこの本が些か強すぎまして。飲み込まれかけました。ひなさん大丈夫ですか?」

「なん……とか。」


 何だあの本。まじで飲み込まれかけた。だから魔法使いたくなかったのに。店長がいなかったらどうなってるか想像するのも怖い。いや、でも魔法を使わせたのは店長だな。……まあ、深く考えないようにしよう。


「では話してもらいましょうか、おっと、その前に。ひなさんその本を一旦置きましょう。」


 え? 手元を見ると、何故か自分の手は固く本を握り締めていた。うっ、一瞬投げ捨て掛けたけど、こらえた私偉い。ほんとに。深呼吸をしてゆっくりと本を置く。


「そんな怖そうな顔しなくてもいいじゃないですか。」

「いえ、怖いものを怖いと思って何が悪いんですか。店長みたいに何でもできるわけじゃないんですから。」

「まあまあ、では話をお願いしますね。」


 ため息を1つ吐く。呼吸を整え、オオトリ様に向き直る。遅いかも知れないけれど仕事モード再開だ。


「……思ったよりか、愉快な連中だのぅ。」


 悪かったな! 愉快な連中で!

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