第3話 《迷宮 第1階層》①
翌日の昼頃。
俺達は、《パーティメンバー》探しを兼ねて、ギルドの酒場で食事を摂っていた。硬く噛み切るのもやっとなパンを砕くように割いて、野菜の匂いがするだけのスープに浸して食べていく。あともう2テスタル払えば肉も付いたのだが、ここは我慢だ。
「……んー……仲間探ししてそうな人はっと……いないっぽいね。《パーティ》で食べてる人たちばっかりだ」
朝は街中を歩いて散策し、人が多くなるであろう昼時を狙ってはみたが。……そう上手くはいかないらしい。駆け出し冒険者は多々見かけたが、誰も彼もが《パーティメンバー》と一緒だ。身内・友人同士で固まっているのが殆どで、入れて欲しいと頼める空気でも無かった。
「《紹介料》……払っちゃう? でもなぁ……あれ、払っても必ず見つかるって訳でもないし」
ギルドに《紹介料》を払うのは避けたい。払ってすぐに紹介してもらえる訳でもなく、最悪一週間近く待たされることもある。
あくまでギルドがしてくれるのは紹介であるから、《パーティ》に入って貰えるかは自分で交渉するしかない。
「ーーー………ーーー」
「だよねぇ……紹介料100テスタルは高すぎるって」
ギルド曰く、探すための手数料や人件費込みで100テスタル。
今の俺たちでは、どう足掻いても払えない。
「ーーー、ーーー」
であれば、俺たちにはできるのは一つ。
「……そうだね! よーし、行こう! ーーー!」
《迷宮》に潜りつつ《依頼》をこなして、金を稼ぐことだ。
金になりそうなモノをひたすら拾い集めて売り払う。
「この《依頼》なんか良さそうじゃない? 《コボルトの牙5個納品》。《迷宮》第1階層に出るのを狩れば良いっぽいよ」
ギルドの《依頼掲示板》で選んだのは、《納品依頼》だった。ギルドの定めた難易度は最低。《迷宮》の第1階層に現れる《コボルト》を、種類問わずに討伐して牙を集める。ただし、5個以上集めても報酬額は固定らしい。
「20テスタルで報酬は安いけど、《経験点》は良いよ。受けてみる?」
《依頼》には報酬額の他に、《経験点》に関しても記されている。
《モンスター》との戦闘や、《依頼》をこなす事で《ギルド等級章》にこの《経験点》は溜まっていき、一定の《経験点》が溜まるとレベルアップができる。
身体能力の向上に加え、《スキル》の習得など恩恵も大きい。
……なぜ此れらの恩恵を得られるのかは、今もをもって謎に包まれてはいる。神官によれば《戦神》の祝福によるらしいが、実際のところは謎が多い。
「ーーー………ーーー」
《依頼》を受ける。
20テスタルであろうと、金は金だ。余分に集めた分は自分たちで使うなり、買取屋に売ってしまおう。
「剣よし……鎧の金具……よし、ブーツの紐……解けなし! うん、大丈夫だと思うよ」
互いの装備を指差しで確認していく。俺はグァルを、グァルは俺の装備を見る。
自分では気づけない綻びや、忘れ物が無いかを互いに確認し合う。
《迷宮》に潜る
「……………」
《ウッド・ボウ》の弦、よし。
矢筒と矢、よし。
《ハーフ・チェストアーマー》……金具、よし。
………大切な確認作業だ。
しっかりとそれは理解している。
理解してはいるのだが。
「どうしたの、ーーー? 私の装備、大丈夫?」
………改めてグァルを見ると、その身体つきを余計に意識してしまう。
立っているだけで肉感的に煽り立てる整った肢体。《ハーフ・チェストアーマー》のせいで、殊更に目立つ豊満さが悩ましい。
「ちょっと、聞いてるの? ーーー? おーい?」
「………ーーー!?」
覗き込まれる。
距離が近い。
……吐息がかかる。
落ち着け! 落ち着くんだ俺!
「ーーー………ーーー!!」
「ちゃんと確認してくれた?
……変なーーー。緊張してる? 大丈夫、私がしっかり援護するからさ!」
“頼もしいよ”と返し、急いで確認を終わらせる。むろん、急ぎはしたが適当ではない。しっかりと不備も綻びも無いと確認した。
「じゃあ行こっか、《迷宮》へ!」
……早く身体を動かして、頭を切り替えよう。
◯
「《ポータル》前、意外と空いてるね。これなら、早く潜れそう」
向かったのは、ギルドから少し離れた場所にある大広場。
その広場の真ん中にあるのが、《迷宮》へと続く《転移ポータル》だ。
冒険者は、この《転移ポータル》を通って《迷宮》へと跳ぶ。
この《迷宮都市》の地下深くに、《迷宮》は在る。
……いや、封じられていると言うのが適切だろう。
「おい、邪魔だ駆け出し!」
「どけっ!」
「失せろ駆け出しの雑魚がっ!!」
「………!」
不意に突き飛ばされて、俺は振り返る。目についたのは、装備を着崩したゴロツキ紛いな冒険者たちだった。身を覆う鎧や小手には不自然な程の傷が目立つが、腰や背中に背負った得物には傷が極端に少ない。
よく見れば、鎧も疎らな寄せ集めだ。一式ではなく使えそうなものを掻き集めて装備している。
そのせいか、着崩しているように見えるのだ。
……盗品か、剥ぎ取ったモノで身を固めているのだと理解する。
関わり合いにならないのが賢明だ。
「おい、早くしろよ
冒険者の一人が、苛立たしげに言う。酷く粗野な声だ。
「も、申し訳ありません!……今、参ります……」
その声の後、焦ったような駆け足で一人の《騎士》が現れる。
「遅ぇんだよ、《騎士》様よぉ……! 俺達の手を煩わせんじゃねぇよ! ……メスガキがっ!」
……《騎士》、というには。
あまりに華奢で小柄な少女だった。首筋の辺りで切り揃えた金糸のような眩しい金髪。顔立ちは息を呑みそうな程に美しいが、微かな幼さが滲む。歳は俺たちより一つ、二つ下か。
腰に提げた剣には装飾があり、纏う《フルプレート・アーマー》は少女の身体に併せた特注のようで、重厚ではあるが動きを阻害しない。……ただ、脚に怪我でもしているのか、右脚の動きに違和感がある。
「あっ……! あ、あの……! ………申し訳ありません。……私の《パーティメンバー》が失礼を……どうかお赦しください……!」
そう言って、《騎士》の少女が俺たちに振り返る。肩を縮込めて……少女は俺たちに何度も頭を垂れた。
「おい!」
「い、今参ります……! 申し訳ありません……お待たせ致しました、皆さん……」
男たちと《迷宮》に入っていく《騎士》の少女。
その後ろ姿を見送ると、グァルはすんっ……とまた昨晩のように鼻を鳴らした。
「…………厭な臭い。嫌いだな、私」
誰の臭いの事だ、などとは聞かなかった。聞くまでもなく理解できる。
「あの子、なんであんな奴らと組んでいるんだろ? ……あんなに良い香りがする子なのに」
ぽつりと呟かれた科白。
……聞こえなかったフリをして、俺は《転移ポータル》に触れた。
◯
「ここって……《迷宮》だよ……ね? な、なんか……思ってたのと全然違うというか……あはは」
《転移ポータル》を通して跳んだ先は、《迷宮》の第1階層。
全10階層から成る《迷宮》の、一番最初の階層だ。目の前に広がるのは、ひび割れた石畳と苔むした石壁が広がる空間。
「なんか、市場みたい……」
……では、無かった。
むしろその真逆のような光景。
「いらっしゃい! 探索帰りに肉料理はどうだ! 串焼き5本で僅か3テスタル!」
「武具研ぎ、8テスタル! 《ドワーフ》仕込の武具研ぎ技術! 剣でも槍でも何でもござれだ!」
「聞けよ旅行く冒険者たちよ! 《星》の導きに耳傾け祈れ! おぉ、今や《星》は輝いている!」
石壁と石畳で造られた迷宮、その一角は街の市場のようになっていた。
幾つもの屋台や出店がところ狭しと並び、開けた通路を広場代わりに神官が説教をする。
……テーブルと椅子を持ち込んで、酒盛りをしている冒険者達までいた。
(…………!?)
誰が造ったのか。
……憩いの場のごとく噴水まである。幾人かの若い冒険者の男女が、噴水の近くに腰掛けて、互いに愛を囁やきあっていた。
「あれって……玄室だよね、ーーー? ……なーんで道具屋とかの看板が下がってるんだろ」
いくつかの玄室には看板が掲げられ、玄室内が店舗として使われているようだ。
……道具屋に武器屋、防具の仕立て屋まである。
ここは本当に、《迷宮》の中なのか……?
「うん? おぉ! おーい、ーーーの坊主にグァルの嬢ちゃん! 《迷宮》に挑みに来たのか!!」
人混みを掻き分けながら、男が一人近づいてくる。
《三兄弟パーティ》のリーダー、ヴンドルだ。その後ろから、ハギールとウブァウンが顔を出す。
「ーーー、ーーー」
「こんにちは、ヴンドルさん! ハギールさんとウブァウンさんも!」
「おぅ、久し振り……て程でもねぇやな。昨晩振りだな」
「おーおー! いよいよ《迷宮》挑戦か! ……負けんじゃねぇぞ!」
手には戦利品の詰まった麻袋。
血よりも赤黒い、奇妙な色の染みは……モンスターの返り血だろう。
継ぎ接ぎだらけのそれは、この3人が熟練の冒険者なのだと思い出させる。
「ハギール、ウブァウン! いつも通り換金してきてくれや。その後ぁ酒だ、酒! ……ははっ、面食らったって感じだなーーーの坊主。……無理もねぇ!!」
ヴンドルなりの激励なのか、俺は背中をどんっ、と一発叩かれる。
面食らった……と言えば確かにそうだ。《モンスター》が犇めく非日常の治外法権。ギルドの支配も及ばぬ冒険者たちの無法地帯。
そう聞いていた《迷宮》の中に……こんな“日常的”な光景が広がっているとは、夢にも思わなかった。
「第1階層は探索され尽くしてるからなぁ……《モンスター》の湧かねぇ安全な区画も分かってるし、ちょいと工夫すりゃ追っ払える程度の《モンスター》しか出ねぇ。だからこうもなるわな」
なるほど、と理解する。
戦々恐々としていたが、そこまで気を張らなくても良かったようだ。
……この分なら、スライム狩りも直ぐに終わるだろうな。
「ーーーおう、坊主。……お前ぇ、今ぁ……気楽に構えりゃいいとか思ったろ? 今すぐその甘ぇ考えは捨てな」
ヴンドルの声色が、不意に変わる。
少し呆れ顔で話していたのが、今は真剣なモノへと変わっていた。
「ヴ、ヴンドルさん……?」
「グァルの嬢ちゃんもよぅく聞け。……いいか? 確かにこの辺りの区画は安全に見える。バカ騒ぎも飯も酒もある場所だ。でもな……《迷宮》の中だって事には変わりねぇ。……もっと奥に進んだら、気分の悪くなるようなモンも嫌ってほど......そらぁ沢山見ることになるだろうよ!」
ヴンドルが言葉を続ける。
……段々と、語気が強くなっていく。
「忘れんじゃねぇ! ここぁ《迷宮》だ!! 《王国》の法もギルドの決め事もこの中じゃ通じねぇ!! 誰も何も……お前ぇらの事を守ってなんかくれねぇぞ!! 甘い考えがあんなら今すぐ捨てちまえっ!!」
なおも、ヴンドルは言葉を続ける。
強くなっていた語気は、諭すようなものになる。
「いいか、坊主、嬢ちゃん。
……ココによぉっ……く!!
………叩き込んでおくんだ!!
《迷宮》内で頼れんのはな……手前ぇがぶら下げてる得物だけだ。
自分の身は自分で守れ。それができねぇなら、《モンスター》の糞になるか……糞みてぇな奴らに喰われるかだ。いいな?」
有無を言わせない眼だった。
その眼に、俺もグァルも頷くことしかできない。
俺達が頷くと、ヴンドルは小さく息を吐いて頭を振った。
「……ふぅー……すまん。ビビらせるつもりは無かったんだ。……変に怖がらせちまったな。……よし、《迷宮》を旅行くお前ぇらに此れをやる。……本当は付いていってやりてぇが、そういう助け方は良かぁ無ぇ。だから、此れだけ持っていけ」
ヴンドルが腰に巻いたポーチに手をいれる。取り出されたのは、石膏で出来た手のひら大の容器。
渡されるままに受け取ってみると、見た目よりもずっと軽く、脆そうな手触りだった。
「ヤベェ敵と鉢合わせちまったら、ソイツを顔に向かって思い切り投げつけてやりな。大抵の奴には効くぜ、どんなに堅牢な鱗を持っていようがな!」
渡されたそれを、俺は礼を言って自分のポーチにしまい込む。
「使わずに済むならそれでいいがな。売れば小銭は入るだろ。……上手く使いな。武運を祈る!」
“それじゃあな”、と言ってヴンドルは踵を返す。俺とグァルは、今一度礼を言って、背中に向かい頭を下げた。
「いやぁー……やっぱり素敵だねヴンドルさん! 高級な香水よりも良い香りだよぉー……ふふふ」
気を引き締めなおさないとな。
……浮かれていた頭をしっかりと切り替え、俺達は第1階層の奥を目指すことにした。
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