第32話 ギャルと優等生のドスケベサラダボウル


「な、なんなん……乃絵留……」


 雪川から話を遮られた人見は、怪訝そうに雪川を睨みながら言う。


 一見、雪川が春原を庇ったように見えたが、人見の話を身内の雪川が遮ったことで、空気はさらに最悪な流れになりつつあった。


 昨年の文化祭みたいに、内部でバチバチになったら……ヤバいだろ。


「ねえ香奈……香奈は昨日みたいに、遥希の料理のお手伝いをしてくれないかしら」

「は? なんで!」

「いいから……少し、春原さんと二人きりにさせて」


 雪川が、春原と二人きりで話を……?

 なんか嫌な予感がプンプンするんだが。


 でも、よく考えたら本来この話は雪川と春原でするべきかもしれない。

 すぐ感情的になる人見ではとても話し合いにはならないし、何より春原が可哀想だ。


 一方で雪川は、天然でアホな部分があるものの、人見よりは棘がない。

 確かに雪川の冷静さに任せる方がいいかもしれないが……人見の反応次第だよな。


「……はぁ、分かったよ乃絵留。そんじゃ私、転校生の手伝いすっから」


 意外にも人見は、すんなり怒りを抑えてキッチンの方へ歩き出した。

 さすがの人見でもキレるかと思ったが、意外だ。


「いいのかよ、人見」

「乃絵留はふざけてる時、あんな顔しない」

「あ、あんな顔?」

「冷静に考えてる時の乃絵留は、するから。言うこと聞かないと怖いし」


 よく分からないが、今の雪川は冷静……なのか?

 俺と人見がキッチンに戻ろうとすると、ちゃぶ台の二人は、サラダボウルの野菜をちまちまと食べ始めた。


「文化祭の話は置いておいて。春原さん、あなたにも少し、話しておきたいことがあるの」

「え?」


 先に口を開いたのは雪川だった。


「この際だからはっきり言うけれど……わたしは、春原さん」


 人見が離れたから、冷静に会話を進めるかと思った刹那——とんでもないほど切れ味のある言葉が飛び出した。


 お、おいおい。いくら春原のことが嫌いでも……ストレート過ぎるだろ。


「そ、そっか! やっぱり……そうだよね。あたし、友達になりたい子にはしつこく話しかけるし、ぶっちゃけウザかったよね? あんまり話すのが好きじゃない雪川さんからしたら……わたしのことなんて、嫌い、だよね」


 春原はその整った顔を少し歪ませながら、それでも笑顔でそう言って、無理やり明るく振る舞う。

 冷たいことを言われても明るく振る舞う、それは春原の優しさかもしれないが……こんなの、見てられないだろ!


「おい雪川! さすがにそれは!」

「話は最後まで聞きなさい、遥希」


 雪川は横目でギロっと俺の方を見て俺のことを制した。


「確かにわたしはあなたのことが嫌い……でも、昨年はあなたとと本気で思ったわ。どうしてか分かる?」

「あたしのこと、嫌いなのに? どうして?」

「それは……あなたがわたしののことを、知っていてくれたから」


 雪川は皿の中にあるミニトマトをフォークで潰しながら、少し照れ臭そうに言った。


「小学生の頃から、あなたは太陽のように眩しくて人気者だった。そんなあなたから見てわたしは、クラスメイトBくらいの存在だと思っていたし、愛想が良くて人気者のあなたに、嫉妬心を抱いていたのもあったわ。でも……」


 雪川はミニトマトから視線を上げて目の前に座る春原を一直線に見る。


「わたしのこの髪が地毛ってことをあなたは知っていてくれて、親友である湯ノ原さんに抗議してくれた。言いづらい立場のはずなのに。それがわたしは、率直に……嬉しかったの」

「雪川、さん……」


 そうか……春原にそこまで感謝していたのか、雪川。

 春原沙優の心からの優しさが、雪川には伝わっていたらしい。

 ったく、なんだかんだで言っても、雪川だって春原のこと嫌いではないんだろう。


「あの、それでも雪川さんは、あたしのこと嫌いなのかな?」

「ええ……嫌いよ」


 雰囲気ぶち壊すなよおい。

 ちょっと良い話だなぁと思ってたのにこの落とし方をするのは雪川乃絵留らしいというか。


「あなたのことは昔から嫌いだけど、今年もわたしは文化祭に参加するわ。もちろん香奈たちの

「ちょい乃絵留! 勝手に決めんなし!」


 今度は人見が、黙っていられなくてキッチンから出てきた。


「なんで勝手に決めんの! 乃絵留はいいかもだけど私らは髪色のこと、また言われるじゃん!」

「わたしはみんなに文化祭に参加して欲しいだけ……昨年のようなことは繰り返したくない」

「じゃあなに! 乃絵留はあたしらに黒髪にしろっての!」

「違う。少し話を聞いて」

「……っ」


 人見がヒートアップする中でも、雪川はずっと落ち着いた口調で人見を黙らせると、話を続ける。


「わたしは……クラスという集団をこの、みたいなものだと思っているわ。ギャルグループも優等生グループも、お互いの主張や文化は違えど、一つのクラスとして普段から生活をしている」

「なるほど……サラダボウル、か」


 確かに今のこのクラスは、その例えがしっかり当てはまるかもしれない。


「普段の高校生活では、多少の小競り合いがあってもお互いの文化を尊重し合って、普通に生活をしているじゃない。それなのに文化祭の時だけ、急に攻撃的になるのは違うと思うの」

「……そ、そうだよね、あたしもそう思う!」


 春原も強く頷いた。


「そういうことで、分かった? 香奈?」

「ま、そりゃ……ある程度乃絵留の言い分は分かったけど……つまり乃絵留は、私らの文化(髪色)に文句を言ってきた湯ノ原たちを、説得するってこと? 具体的に言ってくんないと分かんないんだけど」

「そうね……つまりわたしが何を言いたいかと言うと」


 雪川は急に立ち上がりサラダを食べた皿を流し台まで持ってくると、俺たちの方を向く。


「わたしも文化祭の実行委員をやるわ。これで文句はないでしょ?」


「「「はぁぁぁあ!?」」」

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