第8話 美少女ギャルの深い事情


 相も変わらず絶妙に遠いスーパーに到着すると、入り口付近に美少女オーラをムンムンに漂わせているギャルが一人……まぁ、言うまでもなく雪川のことなんだが。


 こんな夕方の、田舎のスーパーの前に派手で可愛いギャルがいたら、普通はヤンキーとかが近づいてきそうなものだが……どうやら意外と治安は良いらしい。


 よく見ると、雪川は両手で大きな買い物袋を持ちながら立っている。


(なんだなんだ? 昨日の俺のアドバイスを聞き入れてちゃんと料理して食べる気になったか?)


 意外にも聞き分けがいいのだと感心しながら、俺は雪川に近づく。


「よ、よう。雪川、待たせたか?」

「…………」


 話しかけると、雪川はなぜか怪訝そうな顔を浮かべた。


「な、なんだよ。その顔は」

「遅い……わたしがここに来て、買い物を済ませてから5分52秒もここで待った」

「ご、5分……52秒……」

「女子を待たせるなんて良くないと思うけど?」


 うわぁ、面倒くさい彼女みたいな性格……俺も俺で放課後に掃除当番があった訳だし、5分くらいは許して欲しいんだが。


「はぁ……待たせて悪かったよ。俺も掃除あったからさ」

「謝れて偉い」


 と、満足そうに雪川は言う。

 いや、さっきから何様なんだよこのギャルっ!


「てかその買い物袋はなんだ? 料理する気にでもなったのか?」


「これ? これは……あなたが料理するための食材」


「……は?」


 雪川が何を言っているのか理解ができなくて俺は顔が固まる。

 このビニール袋パンパンに入った食材を……俺が調理する、だと?


「あなたの料理の腕は素晴らしいわ……だから今夜もわたしのバンメシをこれで作って欲しい」


 なんか一転して俺のことをべた褒めして来るのだが……シンプルに嫌なんだが。面倒だし。


「いや、そもそもなんでそんなに俺の料理気に入ってんだよ。あんなスープその辺の小学生でも調理実習で作るぞ」

「そんなはずない。あのスープはわたしの人生のフルコースに間違いなく入る質だったもの」

「おまっ……急にトリ●みたいなこと言い出しやがって。あんなの人生のフルコースに入れてたら後からショボいって叩かれるのがオチだぞ」


 捕獲レベルもよく見積もって3くらいだし。


「それはよく分からないけど……もしかして梶本はわたしに料理を振る舞うのが嫌なの?」


「はい、嫌なんですが……」と真っ向から言ってやりたいところだが、断ったら断ったで雪川の性格的にまた何か一波乱起こしそうなんだよなぁ……今朝の一件みたいに。

 アレも謎だったし、今は雪川から春原をどう思ってるのか聞きたいわけで……。


「わ、分かったよ。そんなに気に入ったなら、また何か作ってやってもいいけど……」

「ほんと? ふっ……交渉成立ね」


 どこに交渉の余地があったのだろうか。


「それじゃあ早速、梶本の家に向かうけどいい?」

「いいけど……そんなたくさん食材買って大丈夫だったか? 高かったろ」


 ただでさえ雪川は、つい昨日まで惣菜パン一つという食生活をしていた。

 それは経済的な理由だと思っていたが……いくら俺の料理に感心したからって、この量の食材は奮発しすぎだろ。


「大丈夫……晩御飯の食費も毎日貰ってる」

「え、食費?」


「毎日2000円……昼と夜の食費を家を出る前に、親から渡されるから」


 まっ! 毎日2000円!?

 いや、普通に贅沢だなこいつ!


 学食のランチセットでさえ一食500円で食えるわけで、昼をそのランチセットにすれば、残りの1500円でそこそこの晩飯を食えるのは間違いない。


「いや、それなのになんで昨日は150円くらいの惣菜パンだけ寂しく食ってたんだよ! おかしいだろ!」

「あ、あれは……」

「ん?」

「貯金……してる。わたしの好きなブランドの服とか、お気に入りのコスメとか……意外とお金かかるから」


 自分のメシ代削って金を貯めるとか、年頃の女子高生の発想すぎるだろ……!

 確かにこの高校はバイト禁止だし、ギャルもギャルで苦労してるんだなぁとは思えた。


「はぁ……てっきり俺はお前の家が色々と苦労してるから、あのパン一個なんだと思って料理を作ったんだが。毎日2000円って、普通に良い家庭すぎる」

「……なに? 文句?」

「別に文句ってわけじゃないが」

「言っておくけど……お金はあっても、はたくさんある」


 雪川は真剣な顔で俺を真っ直ぐに見つめながら言う。

 きゅ、気に真剣になりやがって……。


「わたしの両親はどっちも仕事が生き甲斐みたいな親で……昔からわたしは一人で晩御飯……だったから」

「え……?」

「だから昨日、あなたの料理を食べて、あなたの隣で温かいごはんを食べて……一人じゃない、温かい晩御飯の美味しさを知った。だからその……今日も食べたい」


 雪川はその長いまつ毛をパチパチさせ、唇をキュッと噛んで言った。

 あの雪川が……そんなことを考えていたなんて。


「……わ、分かった分かった。とりあえず、この食材好きなだけ使わせてもらうからな?」

「う、うんっ……」


 雪川はまたこの前の時みたいな笑みを浮かべながら、小さく頷いた。

 またコックパットの主婦にお世話になるな。これは。


「あ、そうだ。そもそも俺はお前と春原のことについて気になったんだが」

「……春原さんは、幼稚園の頃からの幼馴染」

「お、幼馴染!?」


「まぁ、ほぼ話したことないけど」


 いや、それはもはやただの同級生であって、幼馴染じゃないと思うのだが……。


「でも……わたしは春原さんと一緒なのが、ずっと"嫌"だった」

「え?」


 雪川はボソッとそう呟いた。

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