第6話 陰キャと美少女二人。バチバチになる予感。


 緊張の晩飯が事なきを得て、スープに偉くご満悦だった雪川をそのまま玄関先まで見送る。


「今日は誘ってくれてありがとう……たまには、ナンパに乗るのも悪くないって分かったわ」

「いや普通にナンパは警戒しろ」


 それと俺が誘ったのはナンパの類ではない。


「見送りはここまででいいから……意外とわたしの住むマンションから近いし」

「マンション?」

「ええ。すぐそこの角を曲がった先に、大通りが見えるでしょ? それをずっと行った先にあるマンションで……」


 こっちに来たばかりで土地勘のない俺は、そう言われてもピンとこない。


「それじゃあ梶本……また明日」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「ん?」


 雪川がそのまま帰ろとした時、俺はを思い出して、雪川を呼び止めた。


「ほらさっきのスープ、保存容器に詰めといた。欲しいって言ってたろ?」

「いいの?」

「ああ。容器は家電量販店でタダで貰ったものだから、返さなくていいから」


 俺はスープ入りの保存容器をビニール袋に包んで雪川に手渡す。


「あなたには……貰ってばかり。本当にいいの?」

「お礼とかいいから。それよりもできる限り健康に気を遣った食事な?」

「……あなた、ママみたいなこと言うのね」

「ママぁ?」

「なんでもない……じゃあまた明日」


 雪川はそう言って俺の部屋から出て行った。


「はぁ……雪川と会話するのは慣れたけど、なんか緊張したぁ……」


 雪川の香水の残り香がムンムンの部屋に戻り、自分の晩飯を作るのだった。



 ☆☆



 雪川とあんな事があった翌日も、俺は普通に高校へ登校しなければならない。


 クラスの高嶺の花である美少女と裏でお近づきになるイベントはよく恋愛漫画とかで見かけるが……実際にそのイベントを体験したら、翌日の学校で会う時にめちゃくちゃ気まずいというか。

 そもそも雪川みたいなギャルと、みんなの目がある場所でどう接したらいいのか、皆目見当も付かないんだが。


 教室で俺が一人げに熟考していると、前からデカパイの人影が近づいて来て……っ。


「おはよっ、梶本くんっ」

「うおっ……! ああ、なんだ春原か」

「ちょっと! "なんだ"ってなにー!」

「あ、ご、ごめん! つい」

「いや、"つい"ってもっと何!」


 一瞬(胸の大きさだけで)近づいて来たのが雪川だと思った俺は少し身構えたが、顔を上げるとそこには春原沙優がいた。


「梶本くんって意外とイジる系なんだね?」

「そんなつもりはなかったんだけど」

「いいや遠慮しないでどんどんイジっていいよ? 逆にあたし、結構イジられ系だから」


 春原はそう言って無邪気にニヘヘと笑った。


 やっぱり春原沙優って抜けて可愛いよなぁ。

 昨日は雪川みたいな透明感のあるローテンションな美少女を見続けていたから、こうやってハイテンションな春原を見ると、よりその存在感が際立つというか。

 雪川と同様、容姿も身体つきも、特別なものを持っている感が凄いし……本人も自分が可愛いってことをよく理解してると思う。


 でもそんな春原だからこそ、こうやって俺に構ってくれてるのは、俺が転校生でぼっちだからであって……。

 きっと、もうしばらくしたら話しかけてすらくれなくなるはずだ。

 でもまぁ、それならそれで話しかけてもらえるだけありがたいと思っておくか。


「ね、梶本くんってさ、東京にいた時は何の部活に入ってたの?」

「ぶ、部活?」

「うんうん! こっちでは帰宅部みたいだけど、前の高校ではどうだったのかなーって。背高めだからスポーツしてたり?」


 そ、そんな事聞かれても……色々と上手くいかなくて部活どころじゃなかったんだよな。

 下手に前のことを話してると、昨日の雪川の時みたいにボロを出しそうだし、あんまり前の高校の話はしたくないんだが……。


「え、えーっと、俺」


 正直に帰宅部だったことを言おう。

 そう思った、その時——だった。


「ん?」


 突然、視界の外から俺の机に向かって真っ白な手が伸びて来た。

 その白い手には空になった綺麗なプラスチックの容器があり、そっとその容器が俺の机に置かれる。


 そう。俺と春原の会話をぶった斬ったのは……言うまでもなく。


「昨日は美味しいスープをご馳走様……梶本」


 薄ら笑みを見せながら、まるで横槍を入れるように会話を遮って来たのは、雪川乃絵留だった。

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