第2話 雪川乃絵留は誘われたい?


 スーパーの駐輪場で雪川ゆきかわと鉢合わせた上に、「おっぱいをガン見」していた事が、どうやらバレていたらしい。


 確かに雪川が言うように、おっぱいを見ていたことには見ていたが……でもここで「はい見てました」なんて認めたらただのど変態。

 ここは一応、否定しておかないと、転校してきたばかりなのに変態のレッテルを貼られてしまう!


「みっ、見てない! 俺、おっぱい見てない!」


 焦り過ぎて小学生みたいな語彙力で否定してしまう。

 マジで何の会話だよこれ。


「へぇ……そう? なら勘違いだったかも」


 雪川は抑揚なくそう呟くと、また惣菜パンを口にする。

 自分から言っておきながら、もう興味がなくなったようだ。

 まぁ、普段から口数が少ないみたいだし、クールな性格の雪川らしい反応ではある。


 しかし……こうやって改めて見てもデカ……美少女だよな、雪川って。

 ギャルメイクやアクセサリーがなくても、ダントツで可愛いのは間違いない。


「……ねえ」

「え?」


 雪川が急に俺の方を指差しながら近づいてくる。


「この袋……パンパンだね」


 雪川は水色の尖ったネイルを、俺の腕にかかっている買い物袋に向ける。

 なんかちょっと、エロいな。


「これ、何買ったの? お菓子とか?」

「何って。晩飯の食材だけど」

「バンメシ……? あなた、ご飯、作るの?」

「そりゃそうだよ。一人暮らしだから飯の準備も自分でやってるし」

「……ふーん。そうなんだ」


 雪川は変わらず無表情で相槌を打つ。

 ふーん、て。ほんと無関心な返事だな。

 それでも意外なのは、雪川としっかり会話ができていることだ。

 俺のことなんて無視して、さっさと行ってしまうと思ってたのに……でもまぁ、それなら。


「ていうか雪川だってもう帰ったら晩飯だろ? こんなところで買い食いなんかしてないで、真っ直ぐ帰ったらどうだ?」


 俺は勇気を振り絞って雪川に注意した。

 ここに来て日は浅いものの、俺はどちらかというと春原沙優の"優等生グループ"側の人間でありたいと思っているので、問題児ギャルにはしっかり言ってやらないと。


「わたし……買い食いなんてしてない」

「え? い、いや、現に今、コロッケと焼きそばの入ったコテコテの惣菜パン食べてるじゃないか」

「これ……わたしのバンメシ」


 え……? それが、晩飯?

 100数十円の、惣菜パン一つだけ?


 何か、家庭の事情があるのだろうか?


 まぁ、授業中は寝て過ごしたり、ネイルとかメイクとか校則違反の類いをしまくりな問題児ギャルの時点で、何かしらの問題はあるのかもしれないが……なんか深い事情があるなら聞かない方が良いし、あまり触れない方がいいよな。


「そ、そう、なのか。それが晩飯だったのか……変なこと聞いてごめん。じゃあ俺はそろそろ——」


 そうやって上手いこと切り上げて、自分の帰路に向かって歩き出そうとしたその時——。


 ギュルルルルッギュルルルルドゥギュルルルルゥゥゥッ! という、モンスターの鳴き声みたいな音が、雪川の腹部から聞こえた。


「??? い、今のは、一体」

「……ごめん。お腹が鳴っちゃった」


 今のが腹の音、だと!?

 下痢でもしたのか間違えるくらい全く遠慮のない音だったんだが……。


 俺が信じられないといった表情をしていると、雪川は眉を顰めた。


「……な、なに?」


 なに? じゃないが?

 パンが晩飯とか言ってるくらいだし、きっと腹が減ってるんだな。


 何かあげた方がいい、のか?

 とはいえ、今日は食材だけですぐに食べられる既製品とかは買ってないんだよな。


 でも……。


「どうしたの? もう帰るんでしょ?」

「……あ、あのさ」

「?」

「け、健康なんて! 一日で良くなったりするわけじゃないけど、そのパン一つじゃ、どう考えても栄養偏るし……ちょうど今晩、野菜スープ作る予定だから、その」


 俺はグッと手のひらを強く握る。


「良かったら飲んで行くか? いつも余るからちょうどいいかなって」

「……っ」


 さ、誘っちまった……陰キャの分際で、ギャルグループのトップであるあの雪川乃絵留を。


 案の定というか、その誘いに対して雪川は唖然としていた。


 これは……間違いなく引かれたな。


 自分らしくないことを言ったことくらい、俺が一番分かってる。

 陰キャらしく、後から脳内反省会をすることになったとしても、このまま放って行くわけにはいかないと思った。


「それって……もしかしてナンパ?」

「なっ! ナンパとかじゃない! ただ、雪川の健康とか気になって。あとお腹空いてるんだろ? だから放って置けないっつうか!」


 俺は激キモ早口で言い訳を並べる。

 やばいやばいやばい、絶対キモイと思われた。

 明日から地獄だ……。


「……ふふっ」

「え?」


 いつもは仏頂面で、不機嫌そうな顔しかしてないあの雪川乃絵留が……笑った……?


「わたしのこと……心配してくれるの?」

「そりゃ……このまま行くのは、流石に冷たいかと、思って」

「……ふーん」


 雪川はそう呟いて、どこかへ向かって歩き出す。

 やっぱ、ダメ……だよな。


「わたし、普段は男子からのナンパ全部無視するけど……まぁ、今日はついて行ってあげる。お腹空いたし」

「え?」


 何の間違いか分からないが、雪川は俺の誘いを快く受けた……て、ええ!?


 ゆ、雪川乃絵留が……俺の部屋に来る!?

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