編集会議

まなつ

お題:風鈴、鏡、紙飛行機

「どうして僕が乗っているのは紙飛行機なんですか。戦闘機とか、もっとカッコいいのがいいです」


 つなぎを着てゴーグルをつけた黒髪の青年。彼は私にそう主張してくる。


「そうは言っても、これは童話なんでねぇ。戦闘機は出てこないなぁ」


「だったら童話は辞めて、戦闘ものにしたらいいんです。やってられませんよ、こんな子供だまし。この役目は、僕以外のやつにやらせたらいい」


「そうはいっても、君ねぇ。私は童話作家なので、戦闘ものは書かないんだよ」


「血気盛んでけんかっ早い若者にしたのは、あなたです」


「困ったなぁ」


 月刊の児童文学雑誌の締め切りは三日後。その時になって、主役のキャラクターが突然文句を言い出した。紙飛行機に乗って旅をする青年を描いた幻想的なストーリー。けんかっ早い青年があちこちで問題を引き起こすものの、持ち前の正義感の強さでいろんな人々を救っていく、爽快で楽しいお話に仕上げたつもりだ。


「人を殺めるためのものではなく、人を救うための闘いのために君を強くしたつもりなんだけど」


「戦闘機だって人を救います。紙飛行機は火で燃やされたら終わりだ。……それに、なによりカッコいい」


 彼が私の前に現れたのはちょうど半年前。どんどん膨らむキャラクター。彼を主人公にした物語が頭の中で紡がれていくのを感じた。そうしてはじまった連載。半年間順調にやってきたつもりだ。それが今日になって突然、彼が暴走しはじめた。先月の連載で、紙飛行機を燃やされるピンチを書いたのを根に持っているらしい。


「ともかく、今回は僕は紙飛行機になんて乗りませんよ。戦闘機にしてください」


「うーん、わかったよ。じゃあ今回は、君が旅先で出会った男の子の持っている戦闘機に乗るお話にしよう」


 私がそう言うと、彼はぱっと目を輝かせた。


「戦闘機に乗れるんですね! ふむ。それならまぁ、いいでしょう」


 彼はよほど、戦闘機というものに乗ってみたかったらしい。さてはて、これは先月から隣で連載しはじめた、竹原先生の作品の影響だろうか。先生の作品は軍隊もので威勢がよく、子供たちだけでなく、大人にも人気だ。私の書く夢のようなのんきな世界とは違い、骨太でカッコいいお話だと評判がいい。


 世は日露戦争の戦果に沸いている。子供たちは強く勇ましい軍隊に憧れを抱くよう教育されはじめた。暴力が強さとして崇拝される時代が訪れようとしている。そんな今だからこそ、「ほんとうの強さ」を子供たちに教える必要があるはずだ。


 よし。竹原先生には悪いが、戦闘機に乗った青年に少しばかり悲しい事実に向き合ってもらうとしよう。紙飛行機ではない、人を殺めるための「武器」を扱うことが、どれほどの覚悟と犠牲を生むのか。子供たちに、強さとは何かを伝えるには、ちょうどいい題材かもしれない。青年のわがままを叶えると同時に、私の伝えたいテーマを盛り込んでいく。彼は私の中で独立した存在であるとともに、私の想いを子供たちに届けるメッセンジャーでもあるのだから。


 そうだ。私にだって私の作品に対して誇りはある。彼に一言モノ申そうかと思ったら、風鈴がちりんとなった。


「先生、じっと鏡に向かって何をしてるんですか。締め切り、三日後ですよ」


 編集の神崎くんが不思議そうに声を掛けてくる。のっぽの彼は、よくいろんなものを頭に引っ掛ける。今日は風鈴の短冊。彼は勝手知ったる他人の家とばかりに、縁側から部屋にあがってくるのが常だ。


「なぁに、ちょっとばかり、自分と編集会議をしていたところさ」


「先生は相変わらずのんきですね」


 苦笑する彼にあいまいな笑みを返す。神崎くんはイケイケどんどんのタイプで、竹原先生の軍国主義ものを褒めていたっけ。平和への祈念が書かれた風鈴の短冊をぺっと避けた彼は、私の書く主人公にどこか似ている。


「君、私が竹原先生みたいなお話を書き始めたらどう思う?」


「気が狂ったかと思いますよ」


「気が狂った、だって?」


 驚く私に、彼は「当然でしょう」と尊大に笑って見せた。


「だって先生は、平和主義者じゃないですか」


 その自信ありげな笑みが、私の主人公の顔と重なった。


「平和主義者」の私が、この時代に何を伝えられるだろうか。ちらりと鏡を横目に見て、決意を固める。軍国主義なんてまっぴらだ。「君には、私の物語を生きてもらうよ」。そっとつぶやくと、神崎君が怪訝そうな顔をする。


 鏡に向かうことで自作の登場人物と会話ができるのは、私だけの秘密だ。


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