隠れてラブコメ小説を書いていたら後輩の女の子に懐かれました

霜月葵

第1話

桜も散り始めた頃。

いつものように行きつけのカフェでコーヒーを飲みながら小説を書いていると、スマホが振動した。

手に取って開いてみると、親友であり悪友でもある浅江あさえ蒼汰そうたからのものであった。


ソウタ「真人まさと!!最新版の暁ミスコンの結果が出たからいつも通り共有しておくな!!」


そんな一文と共にメッセージアプリの投票機能の結果のスクリーンショットが送られてきていた。

ちなみに暁というのは俺が通っている私立暁高校のことだ。

それと、勘違いされそうなので伝えておくが俺は正直大してこのランキングに興味はない。

勝手に蒼汰が毎回の結果を送り付けてくるだけである。なんという有難迷惑だろうか。ありがたいかすら怪しいし。


どうせ明日学校で蒼汰に話を振られるので、一応目を通しておくことにした。


一位 青葉あおば 陽菜ひな(2年)

二位 荒川あらかわ なずな(3年)

三位 古田ふるた 芽衣めい(1年)


俺の記憶が正しければ、一位の陽菜、二位の荒川先輩は去年から変わっていない。

まあ、そんな偉そうに言っているが、上位層は妹の陽菜以外と話す機会なんてまずない。

部活に入ってはいるものの廃部寸前の文芸部だから、先輩・後輩なんて殆どいないしな。


とりあえず適当に返信をした後、スマホをスリープ状態にし、再びノートパソコンへと向き直った。

余談だが、俺が小説を書いているのはネットに上げるため。そして、金稼ぎのためでもある。

如月きさらぎツキ。それが俺のネットでの名前だ。

中学1年の1月頃から小説を書き始めたのだが、何度目かの出版社のコンテストで受賞することが出来、今では書籍化やコミカライズ、アニメ化までして頂いている。

そのおかげもあってか、とある理由で親と決別した俺でも普通に生活できるし、貯金も出来ている。


1時間ほど経ったあと、小説を書き終えたので、投稿予約をしておいてノートパソコンを閉じる。

ぐーっと体を伸ばすと、一人のダンディーな老紳士がこちらへ近づいてきた。

このカフェのオーナー、朝霧あさぎりさんだ。


「お疲れ様、真人くん」

「朝霧さん。すみません、いつも席を占領しちゃって……」

「大丈夫大丈夫。うちは無駄に多く席作っちゃったからねぇ……。むしろ使ってくれて嬉しいよ」


そう言って朝霧さんは笑う。

このカフェはお客さんが少ないわけではないのだが、朝霧さんの言った通り客足の割には席が多い。まあ、だからと言って堂々と席を占領していると罪悪感は湧いてくるのだが。

少し世間話でもしながら会計を済ませ、店を出る時に声をかけられた。


「ああ、そうだ。しげるに、今度会った時は負けんぞと伝えておいてくれ。前は言いそびれたからな」

「了解です。伝えておきます」


茂というのは俺の祖父、水無月みなづき茂爺ちゃんのことだ。

2人は昔から仲が良く、会った時はほぼ毎回と言っていいほど将棋をしているらしい。

俺もたまに二人と対局をさせてもらうが、基本的には惨敗。一度でも王手が取れればいいほうだ。

まあ、この2人はアマチュアの将棋大会で何度か優勝しているレベルだし、俺が太刀打ちできないのは当然のことではある。


店を出ると、ぽつりぽつりと雨が降っていた。

朝に天気予報アプリを確認していたことが幸いし、傘は持っていた。

しかし、歩き始めると、次第に大雨へと変わっていった。

地面を打ち付ける雨粒が跳ね、ズボンの裾を濡らす。

そのついでに靴の中に水が入り込んでくるもんだから、足を降ろすたびに体重で絞り出される生温い水の感触が気持ち悪い。


「朝の天気予報だとこんなに降るなんて言ってなかったのになぁ……」


俺の嘆きは激しさを増す雨の音にかき消された。



しばらく歩き、最寄のコンビニの前を通り過ぎようとした時、何を思ったかそちらの方を見た。

すると、暁高校の制服に身を包んだ女子高生が立っていた。

襟元のリボンが緑色のため、恐らく1年生だろう。

コンビニだし、傘でも売ってるだろ。なんて思って通り過ぎようとしたが、ある事を思い出して立ち止まった。

そう、このコンビニには傘や合羽は売っていないのだ。

なんでも数年前、このコンビニが出来てから地域でのビニール傘のポイ捨てが何故か増え始め、コンビニに苦情が大量に寄せられたため、ここの店長のおばあちゃんが売らないことにしたのだ。

マナーのない人間のせいで本当に使いたい人が不便を被るのもおかしい話だよな、なんて考えていると、気付いた時には俺の足はコンビニの方へ向かっていた。


おいおい。俺は話したこともない、ただの通りすがりの上級生なんだぞ?話しかけたら絶対警戒される。だからやめとけ。

そう自分に言い聞かせようとするが、思考の深いところで「お前はあの子を見捨てるのか?」という謎の声が聞こえてきた。いやマジでなんなんだこの声。

ただ、俺も無意識に見捨てる、という選択肢を捨ててしまったらしい。近寄ってからすぐ離れるほうが不審者っぽい、っていうのもあるが。


脳内でそう分析しながらも、時の流れが遅くなっているわけでもないので、勿論俺の体は彼女に近づいて行く。

彼女は扉からは離れて立っているので、俺がコンビニに向かっていないことは明白だろう。

既に俺に気付いている彼女の目は、一歩一歩近づく毎に鋭くなっていく。

その視線は氷柱のように俺に突き刺さる。凄く痛い。


冷徹な視線を浴び、若干萎縮しながらも声をかけようとすると、逆に声をかけられた。


「何か用ですか?ナンパならお断りです」


……言葉はすっげぇ冷たいけど。

恐らく向こうの第一印象は最低だろう。当然のことだ。多分俺が彼女の立場でもそうなる。


「あー……えっと、傘、貸そうかなって……」

「なんで見ず知らずの私に?」


ド正論で殴られた。

返答なんてあるわけもなく、俺は一瞬目を逸らす。

とはいえ、ここで何もせずに離れれば本末転倒。なんなら下学年に「ナンパしようとした先輩」というレッテルが回る可能性だってある。


「まあ、なんとなく、ね……。とりあえずこれ、使ってくれ。家に着いたら捨てちゃってもいいから」

「え……?ちょっと……!」


それよりは、と強引に押し付け、全力ダッシュで雨の中を駆け抜ける。

行動は完全に異常だが、これで俺の目的は達した。

俺の使う傘はあれ一本しかなかったが、まあ傘の一本程度また買えばいい。


息を切らしながら玄関を開けると、唯一の同居人である妹が出てきた。

勿論、こっぴどく叱られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月8日 00:00 毎週 水曜日 00:00

隠れてラブコメ小説を書いていたら後輩の女の子に懐かれました 霜月葵 @shimotsuki_aoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ