第7話 節電!節電!!節電!!!






節電!節電!!節電!!!





『経費削減のため節電へのご協力をお願いします』


 ある日、出社すると情報システム部の部屋のドアにそのような張り紙が貼ってあった。

 

「うーん。経費削減ねぇ……。節電っていっても、エアコンの温度設定とか、部屋の中に誰もいなければこまめに電気を消すくらいかなぁ。」


 節電するようにと言われても具体的にどう節電していいものか悩みどころである。

 とりあえず室内のエアコンの温度設定を見直そう。

 そう思って自席に着く。

 パソコンの電源を入れ、メールソフトを起動する。

 夜間の間に溜まっていたメールが雪崩のようにドドドッと受信された。

 まあ、大半はサーバー関連の定期通知なんだけど。

 その中に総務部からの「節電のお願い」というメールが目に留まった。

 どうやら張り紙だけではなくメールでも連絡が来ているようだ。

 送信時間を見ると夜の10時となっている。

 どうやら総務部は今忙しいらしく残業をしているようだ。

 

「えっ……?」

 

 総務部からのメールを読んだ私は驚いて声を上げてしまった。

 

「どうしたんだい?麻生さん。」


 急に声を上げたものだから、安藤さんが不審に思って問いかけてきた。

 

「あ、ええ。あの……総務部からのメール見ましたか?」


「いや、まだだよ。昨日休んじゃったからね。メールが溜まっていて、まだ総務部からのメールには目を通していないよ。部屋のドアに貼ってあった節電のメールじゃないのかい?」


「え、ええ。そうなんですけど……内容が……。」


「うん?」

 

 総務部から来た俄かに信じがたいメールの内容。

 

「総務部で今後エアコンの温度管理を一括しておこないます。と書かれているんです。総務部以外はエアコンの温度変更をしてはいけない、と。」


「なるほど。暑ければ必要以上に設定温度を下げてしまったり、逆に寒ければ必要以上にエアコンの設定温度を上げてしまうから、かな?仕方がないんじゃないかな?経費削減だって言っているし。まあ、夏場なんかは営業部から苦情が出そうだけれどもね。もっと温度を下げろって。」


 安藤さんは「まあ、仕方ないよね」と笑った。

 確かにそれは理解できる。理解は出来るのだが、次に記載されていた対象のエアコンと温度設定に問題があった。

 

「対象のエアコンは社内の全エアコンだそうです。」


「うん?全エアコン?まさか、サーバールームのエアコンもだなんて言わないよね……?ちなみに何度設定なんだい?」


「そのまさかです。社内のエアコンは漏れなく総務部で室温管理すると記載されております。例外はないそうです。それで、設定温度なんですけど……。冬は20℃で、夏は28℃設定だと……。」


 嘘みたいな内容だ。

 なぜサーバールームの室温設定を総務部が管理するのだろうか。

 夏場に28℃じゃサーバーには酷な環境だ。

 

「……麻生さん。それは、冗談じゃないんだよね?」


「……はい。メールにはそう書かれています。」


 安藤さんの声が硬くなる。

 そして、安藤さんは大きなため息をついた。

 

「……これは、総務部と話し合わないといけないね。総務部と話し合うから、麻生さんも同席してくれるかい?」


「はい。もちろんです。」






☆☆☆☆☆




 事前に総務部にアポを取り、すぐに総務部との緊急の会議が決まった。

 私は安藤さんと一緒に会議室に向かう。

 

「納得してくれるといいんだけどね。」


「そうですね……。今回の担当は数井さん、でしたっけ?」


「ああ。そうだね。数井さんの上司の吉井さんも同席してくれるそうだけど、メインは数井さんになるだろうね。」


「……ため息でそうです。」


「ははっ。なにも数井さんは敵ではないからね。そう身構えずに。」


「そうですけど……。数井さんのこと、ちょっと苦手で……。」


 会議室に付き、ドアを開ける。

 そこには既に数井さんと吉井さんが来ていた。

 

「急に呼び出しにも関わらず来ていただきありがとうございます。」


 安藤さんが開口一番にそう言って二人に向かってお辞儀をした。

 

「お疲れ様です。座ってください。早速始めましょう。」


 数井さんに促されて私たちは数井さんに向かい合う形で着席する。

 

「よろしくお願いします。」


「サーバールームのエアコンの件ですが、なぜ夏場は28℃設定ではいけないのでしょうか?節電対策として夏場の冷房は28℃設定が推奨されております。それはサーバーも同じです。人が28℃で我慢を強いられるというのにサーバーだけ過保護にする必要はあるのでしょうか?」


 数井さんはこちらを睨みつけるように見つめながら口早にまくし立てた。

 

「数井さん。機械は繊細なんです。暑すぎると熱暴走を起こしてサーバーは故障してしまうんです。」


「28℃で暑すぎるんですか?冗談ですよね?」


「サーバールームに適した温度は20℃~25℃とされています。」


「夏場にその温度設定は寒すぎると思いますけれど。」


 安藤さんの説明に数井さんは食って掛かる。

 

「そうですね。人間にはちと寒すぎる環境ですね。ですが、サーバーは24時間稼働しています。それに機械は熱に弱いんです。サーバーが故障したら修理費だけでも数十万はかかりますよ。故障したらデータの復旧作業も必要ですし、復旧作業には1台あたり半日から一日が予想されます。」


「そう。わかったわよ。じゃあ、サーバールームだけ例外的に25℃に設定すればいいかしら?」


「はい。25℃でお願いします。」


 意外にもすんなりと夏場の冷房については話がまとまった。

 

「サーバーは熱くなりすぎるのが問題なんですよね?では、節電のため冬場のサーバールームの暖房は切ってしまってもよろしいですね?」


「ええっ!?」


「えっ……。」


 夏場のエアコンの設定温度について数井さんはあっさりと折れて見せたが、今度はメールにも書いていなかったことを数井さんは言い出した。サーバーは熱に弱いと聞いたからだとは思うが、随分とまた極端な提案をしてくるものだ。

 確かにサーバールームには常時人がいるわけではない。

 安藤さんと私は驚きを隠せずに数井さんを見る。

 

「なにか不満がありますか?サーバーは暑さに弱いのでしょう?なら冬場は暖房をしなくてもよろしいのでは?サーバールームでの作業が発生したときだけ、暖房をつければよろしいのではなくて?」


 私たちがなんで驚いているのかわからないようで数井さんは小首を傾げた。

 そうか。パソコンや機械類に詳しくないとこういう思考に陥ってしまうのかと天を仰いだ。


「サーバーには適正温度というものがあります。寒すぎてもまたサーバーが故障に繋がってしまいます。機械は暑さにも寒さにも弱いんです。サーバールームに沢山のサーバーが設置してあるようなデータセンターですと冬場は暖房しなくともサーバーから発せられる熱で問題はないかもしれませんが、うちのような中小企業の数台しかないサーバーだと、暖房しないと寒すぎてサーバーが正常に稼働しない恐れがあります。」


 安藤さんは数井さんに説明をする。

 わかってくれるといいんだけど……。

 

「そう。サーバーは随分と繊細なのね。」


「そうなんです。ですので、冬場も暖房を入れていただければ……。」


「わかりました。では、他の部屋と同じく冬場は20℃の設定でよろしいかしら?」


「はい。構いません。」


 冬場の暖房についても意外なほどあっさりと決まった。

 安藤さんが穏やかな人で周囲に敵を作らないような性格だから、数井さんの印象もいいのかもしれない。

 これが安藤さんじゃなく私が数井さんに説明していたら、「それ、本当なのかしら?」とか言われそうな気がした。

 

「今日はお時間を作ってくださりありがとうございました。」


「こちらこそ、サーバーについて教えてくださりありがとうございます。」


 安藤さんが打ち合わせの終わりに数井さんに向かって礼を言うと、数井さんも素直に礼を言った。

 ちょっと数井さんを見直したかも。

 

 私たちは並んで会議室を出る。

 と、そこに会議が終わったのを見計らったように磯野さんがやってきた。

 

「数井さんっ!夏場の冷房28℃って鬼でしょ!!冷房26℃にしてくださいよ!!」


「ダメですっ。」


「ええっ!!営業で外回りしてくると暑いんですよ!お願いしますって!」


「ダメですっ!」


 数井さんは磯野さんの要望はきっぱりと一刀両断した。

 しかし、磯野さんはなおも数井さんに食って掛かる。

 

「情報システム部の言い分は飲んだのに?情報システム部だけずるいっすよ!!」


「サーバーが故障したら会社の損失に繋がると判断いたしました。ずるではありません。正当な理由があったからです。」


「オレだって暑くて営業成績落ちちゃうんだからなっ!」


「……他の方も夏場の営業成績が著しく落ちるようなら考えます。では、仕事がありますので私はこれで失礼します。」


「数井さぁん。冷房!!」


 颯爽と去っていく数井さんの姿がなんだかとても頼もしく見えたのだった。


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