第8話 直したらいけない不具合
直したらいけない不具合
それは内製した社内システムのメンテナンスをしている時のことだった。
しとしとと朝から雨が降っていたある日、私は初めて安藤さんから社内システムのメンテナンスをお願いされた。
とても簡単なメンテナンス内容だ。
うちの会社で取り扱っている製品が数品番追加されることになったらしい。
その中に一つだけ今の品番よりも長い名前の品番がでてきたのだ。
内製している社内システムは10年以上前からあるシステムで古いつくりをしている。そのため、品番の長さが変わっただけでもシステム改修をしないと正常に動作しないのだ。
今回も新しい品番を登録しようとしたところ、エラーが発生したと営業部門の横溝さんから連絡があった。
幸いにも新しい品番が発生しても実際の受注開始まではまだ一ヶ月近く時間があるとのこと。受注を開始するまでに品番が登録できれば問題ないということで時間はたっぷりとある。
「今時文字数制限をしているシステムって見かけないですよ?」
「そうだね。昔はね、文字数制限が主流だったんだけどね。」
「そうなんですね。」
安藤さんと話ながらシステムを改修していく。
今まで文字数を固定していたから、今後は可変にする予定だ。そうすれば、品番が何桁になってもシステムに登録することができる。
つまり、品番の長さが変わったからといって、システム改修が不要になるということだ。
安藤さんに品番の登録を固定の長さから可変にしたいと相談したところ、安藤さんは眉をしかめた。
けれど、私は自分の意見を押し通したのだ。
今時文字数制限なんて古い考えだと、安藤さんの意見に耳を貸さなかった。
自分が正しいと思い込んでいたのだ。
どうせ、文字数の問題だ。その都度新しく発生した品番の文字数に合わせてシステムを改修するなんてばからしいと私は思っていたのだ。
「まあ、そこまで言うんだったらやってみなさい。」
安藤さんはそう言って、最終的には折れてくれた。
「ありがとうございます。」
☆☆☆☆☆
「えっと、システムから品番の文字数制限を撤廃して……。あ、データベースも文字数制限かけてる。これも可変にして……。ん?システムから出力している中間ファイルが固定長じゃないの。今時これもないわ。これも可変長の中間ファイルにしなきゃ……。」
品番の文字数制限を廃止するために、改修が必要な部分を洗い出していく。
入力時の文字数チェックだけでなく、データベースの文字数制限や中間ファイルの文字数制限にも引っ掛かってくる。
思ったよりも修正量の多いこと多いこと。
それでもここで修正してしまえば次からは同じ問い合わせが減ると思って私はどんどんとシステム改修を進めて行く。
そして、一週間も経たないうちにシステム改修は完璧に完了した。
もちろん、システムの動作確認もおこなっているが問題ない。
システムから出力した中間ファイルも問題なく固定長から可変長に変更することが出来た。
データの出力も問題ない。
私は自信をもってシステムを社内にリリースした。
「これで品番が何桁になっても対応可能ですっ!」
と笑顔で宣言しながら。
私は初めてのシステム改修を一人でおこない、無事にリリースまでおこなったという達成感を感じていた。
とても充実した気持ちで気分が上向く。
「ごきげんだね。麻生さん。」
「はい。とっても!」
休日出勤してシステムリリースを完了させた私はとてもご満悦だった。
けれど、翌日私の気分は急下降する。
☆☆☆☆☆
プルルルル。
「はい!情報システム部ですっ!」
「ああ。横溝だけど。先日改修してもらったシステムなんだけど……。」
「はい。どうかしましたか?」
午前10時過ぎ。営業部の横溝さんから電話がかかってきた。
なんだろうと思いながら電話にでる。
あれだけしっかりとテストをおこなったのだから、問題はないはずだ。
「修正してもらったシステムは問題ないんだけどね。修正してもらったシステムから出力されたBシステムに中間ファイルが取り込めないんだ。」
「えっ……!?すぐに確認します!」
「お願いね。Bシステムが動かないとお客様に見積書が発行できないからさ。できるだけ急ぎで確認してもらえると助かる。」
「わかりましたっ!」
私は血の気が引くのを感じた。
そういえば、昨日リリースしたAシステムのテストは完璧と思えるくらいしっかりとおこなったが、Aシステムから出力された中間ファイルをBシステムに取り込む確認はしていなかったのだ。
それもそのはずで、Aシステムから出力している中間ファイルには品番が書かれていないからだ。品番の代わりに品番に一意に振られたIDを記載している。
だから、特にテストは実施しなかったのだ。
そこで私はひとつ目のミスに気が付いた。
Aシステムから出力している中間ファイルが固定長だったので可変長に変更していたのだ。
でも、可変長に変更した中間ファイルをBシステムに取り込むテストを実施していなかった。
むしろ、固定長から可変長に変更したファイルをBシステムに取り込むためにはBシステムも同時に改修しなければならなかったのだ。
文字列の固定は古いと考え、この際、固定文字列になっているところをできるだけ改修してしまおうと安易に考えたのが運の尽きだった。
「あれ?なんでBシステム?」
安藤さんが不思議そうに首を傾げている。
「……Aシステムから出力されるBシステムに取り込む中間ファイルを固定長から可変長に変更しました……。その影響です。」
私は唇を噛みしめながら安藤さんに事実を伝えた。
「あー……。そこも変更しちゃったんだね。」
「……はい。Bシステムとの連携部分をテストしていませんでした。」
「そっかぁ……。そっかぁ……。」
安藤さんはそう言って考え出す。
「なら、いったんシステムを差し戻そうか。まだ新品番の受注が開始されるまでは日にちがあるから一回、前のバージョンにシステムを戻そう。」
「……データベースも変更しているんです。」
「え?なんで?データーベースの方の品番の文字数は直さなくてもよかったはずだよ?データーベースの方が品番の文字数多めにとってたからね。」
「えっと、データーベースの品番も固定長から可変に……。」
「えっ……。」
安藤さんは私の発言に顔をひきつらせた。
「データベースも変えたの……?」
「はい。Aシステムの文字数制限とデーターベースの文字数制限が異なってたから、不具合だと思って一緒に可変にしました。」
「あの、データーベースは、BシステムとCシステムでも使用しているんだ。だから、データーベースを変更する場合はBシステムとCシステムも確認しないと……。」
「す、すみません。」
安藤さんの言葉に私は顔を真っ青にする。
まさか、BシステムだけでなくCシステムにも影響を及ぼしているだなんて……。
どうやって復旧したら……。
「ごめんね。説明していなかった僕もわるかった。まさか、データーベースまで変更しているとは思わなかったから。すまない。君がどのように修正したのか細かく確認すべきだったよ。」
「も、申し訳ありません……。」
安藤さんに謝らせてしまった私はぎゅっと涙を堪えた。
安藤さんのアドバイス通りにシステム改修をしなかったのは私なのだ。
しかも、初めてのシステム改修で舞い上がって安藤さんに確認を取らずにシステムをリリースしてしまった。
明らかに自分のミスである。
「いや、確認を怠った僕も悪かったよ。」
幸いにもシステムリリース直前にデータベースのバックアップをとっていたということもあり、データベースをバックアップから復元し、リリースしたシステムをリリースする前の状態に戻すという対応でなんとか2時間程度で復旧作業が完了した。
幸いにもBシステムとCシステムを今日はまだ使用していなかったからこれだけの対応で済んだ。
もし、BシステムとCシステムを使用していたとしたら、と思うとさらに肝が冷えるのだった。
それからは安藤さんにちゃんとに確認しながらシステム改修をおこなうようになったのだった。
古いシステムには独特な癖がある。変に改修すると不具合を引き起こすということを勉強したのだった。
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