第5話① 真夏の夜の悪夢 前編
真夏の夜の悪夢
「毎日あっついねぇ……。」
一人暮らしのアパートの自室でクーラーをかけながら独り言ちる。
2週間という短い夏休みが与えられた真っ最中である。
アパートの自室の中はクーラーが効いているから快適とはいえ、外はじりじりと焼けそうに暑い。
せっかくの休みなのに、家から一歩も出たくないほどだ。
「ねぇーゴローちゃん。毎日暑いよねぇ。」
ベッドに寝そべりながら、寄り添ってねている猫のゴローちゃんに声をかける。
ゴローちゃんは「にゃあ」と一声鳴いて頷いた。
ゴローちゃんはプログラマーから情報システム部に転職した時に飼い始めた猫だ。
プログラマー時代は、毎日終電まで残業で土日も出勤だったため、猫を飼うような余裕はなかった。
まあ、仕事ばかりで忙しく遊んでいる暇なんてなかったから猫を飼う金銭的余裕はかなりあったのだけれども、猫を一人で家に置いておく時間が長くなってしまうため、プログラマー時代は猫を飼うことを諦めていたのだ。
情報システム部に転職する際、情報システム部はほぼ毎日定時退社できるという話を聞き、念願の猫様を飼い始めたのである。
ちなみにゴローちゃんは三毛猫である。
「んー。ゴローちゃんは、毎日クーラーの中にいるから暑くないって?うーん。そうだよねぇ。」
29℃という少し高めの温度に設定したエアコンは、普段冷房の中にいる私にとっては若干暑かった。
この2週間、どこにも泊りに行く予定はない。
実家に帰ってもいいのだが、すでに両親は他界しており、実家には兄夫婦が住んでいる。
流石に兄夫婦のところに長期休みが取れたからって泊りに行くのもなんとなく気まずい。
兄弟仲が悪いわけではないけど、妻帯しているとどうしても泊りに行くのは躊躇してしまう。遊びに行く分には全然いいんだけど、ね。
そんなわけで夏休みは毎日アパートで過ごすことになった。
泊りがけの旅行はゴローちゃんが心配で行けないし。
「クーラーがあるって幸せだよねぇ。こんな暑い日に停電なんておこったら地獄だもんねぇ。暑さで蕩けちゃうよ。」
「なぁん。」
ゴローちゃんは私の言葉に相槌を打つかのように頷いた。
「うーん、ゴローちゃん可愛いっ!!」
相槌を打ってくれるゴローちゃんが嬉しくて思わずゴローちゃんに抱きつく。
ゴローちゃんは嫌がるように手足をばたつかせるが、爪を立てたり噛んでくることはないので、本気で嫌な訳ではなさそうだ。
「可愛いゴローちゃんのために、遊具でも買ってこようかな。」
私がいないときにゴローちゃんが退屈しないように、いくつはおもちゃを購入してある。
けれど、そのおもちゃも遊んでいるうちに少しずつ痛んできてしまっている。
そろそろ新しいおもちゃと交換してもいいかもしれない。
そう思って私は出かける支度をし始める。
けれど……。
「急に雨が降って来たね……。」
いざ、出かけようと窓から外を見たら大粒の雨が窓を叩きつけていた。
こんなに雨が降っていたら傘も役には立たないだろう。きっとものの数秒でずぶぬれになるに違いない。
ゴローちゃんのおもちゃを買いに行きたかったけど、今日はやめておこう。明日も休みだし。
なにも天気の悪い今日行くこともないだろう。
今日はこのままゴローちゃんとのんびり過ごすことに決めた。
ピピピっ。
ゴローちゃんに添い寝をしていたら、すっかり眠ってしまっていたようだ。
辺りは真っ暗になっていた。
そんな私の耳に飛び込んで来たのはスマートフォンのメールの着信音だった。
しかも、私用のスマートフォンではなく、有事の際のためにと会社から割り当てられている社用スマートフォンだ。
なんだか嫌な予感がする。
このままベッドでゴローちゃんと寝ていたい。
気づかなかったふりをしようか。
今日はお休みなんだし。
でも、夏休み中にも限らずメールが飛んでくるなんてなにかがあった証拠だ。
もしかして、サーバーでもトラブったのだろうか。
恐る恐るスマートフォンでメールを確認する。
「室温異常。」
メールの件名にはそう書かれていた。
サーバールーム内には室温管理のためのシステムを導入しており、設定温度以上に室温が上がってしまった場合に通知が来るようになっているのだ。
「……ゲッ。」
時刻は夜の7時。
夏場の7時はまだ辛うじて明るいとはいえ、今日は天気が悪いのですでに外は真っ暗だ。
室温異常ということはサーバールーム内のエアコンが止まっているものと推測される。
停電によるものなのか、故障によるものなのか。
まずは誰か会社に出社していれば停電しているか否かは判別がつく。
会社の代表電話番号に電話をかけてみるが誰も電話にでなかった。
夏休みだけあって、仮に休日出勤していたとしても既にもう帰宅した後なのだろう。
「あ、安藤さん。サーバールームの室温が異常値を指していまして……。」
「ああ。麻生さん。ちゃんとにメールを見てくれているんだね。ありがとう。」
「あ、いえ……。」
「申し訳ないけど、会社に行って確認してもらえるかな?もちろん、麻生さんの手に負えないようなら僕も出社するから。」
「ありがとうございます……。」
安藤さんにサーバールームの室温に異常があることを電話で伝えた。安藤さんは私から電話が行くまでは、室温異常のことは把握していなかったようだ。
私は泣く泣く会社に行く準備を始めた。
会社までは電車で一時間。
このクソ暑い真夏の夜にエアコンが故障していたらと思うと顔が真っ青になってしまう。
室温管理システムの故障であればどれほどいいことか。
会社に着くまでの一時間。サーバーが熱暴走で故障しないことを祈るのであった。
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます