第1話② 誰でも見れる機密情報 後編
「晴海さん、落ち着いてください。晴海さんは仕事に必要だと思っていただけなんですよね?」
「ええ。退職者の情報を事前に察知しておいた方がいろいろとやりやすいので……。」
「そうなんですね。では、その資料がどこに保存してあったか教えていただけませんか?」
晴海さんを落ち着かせるように椅子に座らせる。
傍らでは伊藤人事部長がそんな晴海さんのことをジッと見つめていた。
「はい。人事部長フォルダにありました。いつもは人事部長フォルダにアクセスできないんですが、今日はアクセス出来て……。」
晴海さんは人事部長フォルダにアクセスしたようだ。
でも、おかしい。先ほどサーバーの確認をしたときは人事部長フォルダのアクセス権は伊藤人事部長のみになっていた。
晴海さんが伊藤人事部長のアカウントでサーバーにアクセスしたのだろうか?
「晴海さん。パソコンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いません。」
「ありがとうございます。」
私は晴海さんのパソコンをお借りした。
そして、サーバーのトップ画面にアクセスする。
人事部長フォルダは人事部フォルダの下の階層に用意されていたはずだ。
人事部フォルダにカーソルを合わせ、ダブルクリックをする。
「……IDとパスワードの入力を求められますね。晴海さん、IDとパスワードの入力をお願いできますか?」
「ええ。はい。」
パソコンの操作を晴海さんにお願いし、IDとパスワードを入力してもらう。
もちろん、IDは晴海さんに用意されたIDを入力していた。
ここまでは問題ないようだ。
無事に人事部のフォルダが表示される。
人事部のフォルダの中に伊藤人事部長のフォルダが用意されている。
「それでは、伊藤人事部長のフォルダにアクセスしてみてください。」
「……はい。」
晴海さんは伊藤人事部長のフォルダにカーソルを合わせて、ダブルクリックした。
「あっ……。」
晴海さんが小さな声をあげる。
パソコンの画面には「アクセス権限がありません。管理者にご連絡ください。」という無機質な警告画面が表示された。
やはり、伊藤人事部長のフォルダにはアクセス権が設定されており、晴海さんはアクセスできないはずなのだ。これはサーバーの設定どおりの正しい動きである。
私はホッと胸を撫でおろした。
「やはり、アクセスできませんでしたね。晴海さん、先程アクセスしたのは人事部長フォルダでお間違いないですか?」
もしかすると、伊藤人事部長も晴海さんも勘違いをしているのかもしれない。
退職者の情報は伊藤人事部長も晴海さんもアクセスできる場所に保存されていただけなのかもしれない。
「……ええ。間違いないはずだわ。あ、でもトップ画面で選択したの人事部のフォルダじゃなかったかもしれません。」
「え?」
人事部のフォルダ以外に伊藤人事部長のフォルダがあった?まさか、そんなはずは……。
私の背筋に汗が伝う。
「私はいつも人事部のフォルダから人事部長のフォルダに移動して、そこにファイルを保存している。他の場所には保存していないはずだが……?」
伊藤人事部長も首を傾げている。
「えっと、晴海さん。トップページから選択したフォルダはどれですか?」
パソコンの画面に映し出されるサーバーのトップページ。複数の部署のフォルダがそこにはずらっと並んでいる。
「えっと、あ!これです!!」
一つ一つのフォルダを目で追い確認する。
その中の一つのフォルダを晴海さんはカーソルで指し示した。
「えっ……。2024年10月30日……?」
なに、そのフォルダ名。日付だけのフォルダ名っていったいなんなのだろうか。
いや、でもなんだか聞き覚えのあるフォルダ名のような……。
ちなみに、サーバーのトップページに用意されているフォルダは全て情報システム部で作成したフォルダだ。
トップページには情報システム部以外の人にはフォルダを作成することができない。
もちろん、フォルダは用途によって情報システム部によって適切にアクセス権を設定している。
つまり、この日付のみのフォルダは情報システム部の誰かが作成したわけであって……。
そこまで考えて背筋が凍りだす。
もしかして、このフォルダって……。
「この日付けフォルダの中にですね。人事部ってフォルダがあって、その中に人事部長のフォルダがあるんです。……あ、ほら、こっちはIDもパスワードも確認されないんですよ。」
晴海さんが説明している声がどこか遠くに聞こえる。
なぜ、このフォルダが公開されているのだろうか。
これってきっと、あのフォルダだよね……?
「……申し訳ございません。表示されてちゃいけないフォルダが表示されていたみたいです。すぐに……早急に修正いたしますっ!!」
床におでこが付いてしまうのではないかというほど、身体をまげて謝罪する。
これはミスだ。
明らかにサーバーの設定ミス。
この日付けフォルダはきっと……。
「あ、いや。まあ、顔を上げてくれ……。」
「そ、そうよ。麻生さん。顔をあげてちょうだい。私が言われてもいないフォルダにアクセスしちゃったのがいけないんだから。」
「ああ、そうだ。それに、確かに他の人にはまだ知られたくない情報だったが、来月の頭には晴海さんには公開する情報だったんだ。」
「申し訳ございませんっ!本当に申し訳ございませんっ!!すぐにっ!すぐに対処しますのでっ!!」
私はバクバクと脈打つ心臓に手を当てて謝罪する。
そして、すぐに踵を返すと安藤さんが待つ情報システム部の部屋に駆け足で戻った。
途中何人かすれ違う人に驚いたような表情を浮かべていたような気がするが気にはならなかった。
「安藤さんっ!!はあ……ぜい……はぁ。安藤さんっ!!大変ですっ!!大変なんですっ!!」
「どうしたんですか。麻生さん。そんなに慌てて。」
安藤さんはこの事態を知ってか知らずかのんびりとした口調で私に声をかける。
安藤さんの表情はいつもと同じ温和な表情だ。
「サーバーが……サーバーに……。バックアップのフォルダが……。」
言葉が上手く口からでてくれない。焦れば焦るほど、説明ができない。
口からは単語ばかりが飛び出す。
「はいはい。落ち着いてくださいね。麻生さん。ほら、息を大きくすってー吐いてー。もう一回、大きく息をすってー、はい、吐いてー。」
安藤さんの言葉に合わせて大きく深呼吸をする。
すると不思議なことに、頭の中が少しずつクリアになっていき、慌てていたはずなのに少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
安藤さんはとても不思議な人だ。
「サーバーにバックアップ用のフォルダが表示されているんです。しかも、アクセス権が設定されていないみたいです。」
「おや。それはそれは……。設定ミスですねぇ。」
安藤さんは私が説明すると困ったように頬を掻いた。
「……とりあえず、設定ミスの原因を追究するのは後にして、設定を直してしまいましょうか。」
「は、はい。」
私は机に戻りパソコンにパスワードを入力しロックを解除する。
サーバーの設定画面を表示させ、バックアップフォルダの設定画面を開く。
そこには確かにバックアップフォルダが公開される設定になっていた。
私はそのバックアップフォルダの公開設定を非公開にし、さらに誰もアクセスできないようにアクセス権を設定する。
作業すること10分。
確認のためにサーバーのトップ画面を表示させてみると、日付のみのフォルダは消えていた。
「対処が済んだようですね。」
「……はい。」
サーバーへの対処が終わると、安藤さんが椅子を持ってきて私の横に座った。
「今回、なんでこんなことが起きたのかわかるかい?」
「はい。先週のバックアップ設定変更時ですね。」
バックアップの設定を先週変更したことを私は思い出した。
きっと、その時に設定が漏れてしまったんだと思われる。
「うん。そうだね。それもあるかもしれないね。でも、ね。麻生さんはバックアップ時の手順を覚えているかい?」
「はい。帰る前にバックアップ用の外付けのハードディスクをサーバーに接続して、それから、バックアップ自体は、午前0時に自動実行されます。それから、バックアップ先の外付けハードディスクへのウイルス感染を防ぐために……あ。」
私はそこまで答えてハッと息を飲んだ。
今日、やらなきゃいけなかった作業を忘れていたことに気が付いたのだ。
サーバーのデータバックアップを取得した後、サーバーがウイルス感染した際にバックアップしたデータを守るために、バックアップデータが入った外付けハードディスクをサーバーから取り外して保管する必要があるのだ。
その作業は毎朝出社したタイミングでおこなっていた。
けれど、今日はそれを忘れていたことに気づいた。
「そうだね。外付けハードディスクがサーバーに接続されたままだった。だから、今日晴海さんはバックアップデータの方を見ることができたんだね。」
「……はい。私の二重のミスです。」
「今日まで露見しなかったのは、毎朝ちゃんとにバックアップデータが保存されている外付けハードディスクを朝一でサーバから取り外していたからだね。よかったね。毎朝サーバーから取り外していて。もし、サーバからバックアップデータの入った外付けハードディスクを取り外していなかったら、先週から今週までずっとバックアップデータに誰もがアクセスできたことになる。その点は不幸中の幸いだったね。」
そう言って安藤さんはぽやんと笑った。
「……はい。ミスが重なりました。申し訳ございません。」
「失敗は次への成功の糧だよ。今後は気をつけなさい。それに、私にも落ち度はあるね。麻生さんがおこなった設定の確認を私は怠ってしまった。だから、これは私と麻生さん、二人のちょっとしたミスからおこったことなんだ。」
「……はい。」
「ミスは誰でもするから気にしないでね。」
「……はい。ありがとうございます。気を付けます。」
油断していたのかもしれない。
大丈夫だと。
自分のおこなった設定にミスがあるはずないと。
自分の作業も確認をおこたっていた。
それが今回のことに繋がった。
毎日バックアップが完了するとバックアップデータが入っている外付けハードディスクを取り外していたから、バックアップデータが全体に公開されていた期間はとても短いものですんだ。
これからバックアップデータへのアクセス履歴を確認して、影響を調査する予定だが、それほどアクセス数は多くないはずだ。
不幸中の幸い。
「お客様の個人情報じゃなくてよかったよ。」
「はい。幸いにもこのサーバーには業務データしか保存されておらず、社内LANからじゃないとアクセスできないサーバでした。」
「そうだね。もしこれがクラウドで管理しているデータだったらそれこそ社内外問わず誰でも見れてしまう状態だったからね。一つのミスが重大なミスに繋がる。気を付けようね。お互い。」
「……はい。」
簡単な作業だったはずなのに、あわや情報流失の危機に。
情報流出は設定一つで簡単に起こりえるのだ。
設定変更は慎重に。
改めて心に誓ったのだった。
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初回からちょっとハードでしたでしょうか💦
明日は軽めのお話しをアップ予定です。
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