第2話 突然操作を受け付けなくなったパソコン
突然操作を受け付けなくなったパソコン
その日は朝からしとしとと雨が降っていた。
こんなどんよりとした天気の日は心の中まで曇天になってしまい憂鬱な気分だ。
会社の机から見える窓の外を見ながら私は大きなため息をついた。
こんな日はトラブルが起こるのだ。
それも立て続けに。
そんな予感がひしひしとしていた。
私の予感は高い確率で当たるのだ。きっと今日も私の予感は当たるはずだ。
そう思って、私は窓からパソコンに視線を移した。
今日も気を引き締めて業務に当たらなければ。
プルルルルルルル。プルルルルルル。
そう思ったとたん、机上の電話がけたたましい音を立てた。
私は、そっと受話器を外す。
「はい。情報システム部の麻生です。」
「ああ。麻生さん。パソコンが急に動かなくなってしまったんだよ。助けてくれないか?さっきまではサクサク動いていたのにねぇ。」
そう言って電話をしてきたのは、関西営業所に所属している営業の宮本さんだった。
宮本さんは少々年配の社員であり、パソコン操作には少し疎いところがある。
「パソコンが動かなくなった直前になにか操作をされましたか?」
「いいや。とくには……。」
大体みんなこういう。特に何もしていない、と。
ただ、それでは解決することができない。
そのため、私は宮本さんに詳しい状況をヒアリングすることにした。
「では、パソコンが動かなくなる直前にされていたことを教えてください。」
「ええと……。パソコンで客先に提出する資料を作成していたんだ。」
「表計算ソフトですか?文章作成ソフトですか?それともプレゼンテーション作成ソフトですか?」
「あー、プレゼンテーション作成ソフトだよ。」
「プレゼンテーション作成ソフトで画像の挿入をされた直後だったりしますか?」
「ああ。そうだよ。よくわかるね。」
あてずっぽうに言った言葉が正解だったようだ。
電話口から宮本さんの驚いた声が聞こえてくる。
「パソコンが動かなくなったということですが、パソコンに何か表示はされていますか?」
「ああ。作成途中の資料が表示されているよ。」
どうやら、パソコンが動かなくなったといっても、急にパソコンの電源が落ちたわけではないようだ。
ブルースクリーンになっているわけでもないようだし。
これは……プレゼンテーション作成ソフトがフリーズでもしたのだろうか。
もし、そうだとするならばプレゼンテーション作成ソフトを強制終了してしまえばなんとかなるはずだ。
「プレゼンテーションソフトを右上の×ボタンで閉じていただくことはできますか?」
「ああ。わかった。……うん。閉じたよ。」
「そうですか。それではもう一度、プレゼンテーションソフトを開いてみてください。」
「ああ。開けた。」
すんなりプレゼンテーションソフトを終了することができたようだ。
開き直すこともできたようだし、これで一安心だろう。
でも、と、私は首を傾げた。
プレゼンテーションソフトがフリーズしていたのなら、簡単に×ボタンでプレゼンテーションソフトを終了できただろうか。
「どうでしょう。プレゼンテーションソフトは使用できるようになりましたか?」
「いいや。ダメだ。まったく動かないよ。」
「……そうですか。」
やっぱりプレゼンテーションソフトのフリーズではなかったようだ。
でも、プレゼンテーションソフトの起動と終了は出来ているようなので、パソコン自体がフリーズしているというわけでもないようだ。
なんだか、予期せぬことがパソコン内で起こっているようだ。
こういう時はパソコンの再起動が手っ取り早い。
「パソコンを再起動していただくことはできますか?」
「ああ。今、再起動をしているよ。」
「ありがとうございます。では、起動するまでしばらくお待ちください。」
パソコンの不調は良くあることだ。
「ああ。起動して、パスワード入力画面が表示されたよ。パスワードを入力してしまっても構わないかい?」
「はい。パスワードを入力してください。」
無事にパソコンも起動したようだし、これならもう一度プレゼンテーションソフトを起動していただいて、問題なく使用できれば問題ないだろう。
「……パスワードが入力できないんだが……。」
「えっ!?」
宮本さんの言葉に私は驚いた。
パスワードが入力できないとはどういうことなのだろうか。
「えっと、もしかして宮本さんのパソコンのパスワードは数字だったりしますか?」
「ああ。数字も含まれているよ。」
「そうですか。それでは、NumLockがかかってしまったのかもしれません。キーボードにNumLockと書かれたキーはありますか?」
「ああ。これかな。」
「それを一度だけ押してみてください。」
「……押してみたが、やはりパスワードが入力できないんだ。」
どういうことだろうか。
時々パスワードが入力できないと言って問い合わせが来ることがある。その時は大抵NumLockがかかってしまっていることが原因なのだが。今回は違うようだ。
他に考えられることはなんだろうか。
私は、自分の中の知識を総動員させる。
あり得ないと思いつつも、一つ一つ確認をおこなっていく。
「えっと、マウスのカーソルは動きますか?」
「ああ。動いているよ。」
「ありがとうございます。キーボードはパソコンに接続されていますか?もし、接続されているようでしたらコネクタを抜き差ししてください。」
マウスは動くとのことなので、パソコンがパスワード入力画面でフリーズしてしまっているわけではないようだ。
と、なるとキーボードを認識していないのだろうか。
「……キーボードのコネクタってどれだい?」
「え?えっと、キーボードから伸びた線がパソコンに接続されていませんか?」
「いや。キーボードからは線が出ていないが……。」
「あ。宮本さんはワイヤレスキーボードをご使用でしたか。失礼いたしました。」
人によってワイヤレスキーボードを支給しているのだった。すっかり忘れていた。
ただ、ワイヤレスキーボードの場合は、マウスとキーボードを一つのレシーバーでパソコンと接続しているのだ。
Bluetoothでの接続も良いが、Bluetooth接続が切れてしまった場合、利用者が自分でBluetooth接続できないこともあるため、Bluetooth接続のキーボードは支給していない。
マウスは動くので、レシーバーの問題ではなさそうだ。
「……まさかとは思いますが、キーボードの電池を交換していただいてもよろしいでしょうか?」
「え?キーボードに電池が入っているのかい?」
「はい。有線ではないので、どうしてもワイヤレスキーボードは電池が必要になります。キーボードを裏返しにしていただいて、どこかに電池が入りそうな場所はありませんか?」
「ああ。あった、これかな。えっと、単三電池のようだ。ちょっと待っててくれ。電池を交換してみる。」
「はい。ゆっくりで構いませんのでお願い致します。」
電話口からカチャカチャという音が聞こえてくる。どうやら電池を交換してくれているらしい。
「待たせたね。電池を交換したよ。」
「ありがとうございます。それではパスワードを入力していただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。おおっ!!入力できたよ!!」
「よかったです。では次に、プレゼンテーションソフトが正常に動作するかご確認いただいてもよろしいですか?」
「ああ。わかった。おおおっ!!やった動いたよ。ありがとう麻生さん!!」
「いいえ。どういたしまして。」
「またよろしく頼むよ。麻生さん。」
そう言って宮本さんからの電話は切れた。
意外とワイヤレスキーボードの電池交換は利用者では気づきにくいのかもしれない。まあ、でも最初の一回だけだろうと頭の隅に追いやる。
そう、この時の私は気づいていなかった。
ワイヤレスキーボードを導入し始めたのは1年ほど前でそろそろ導入当初のワイヤレスキーボードの電池が切れるということに。
この日からしばらく私はワイヤレスキーボードの電池切れに関する電話対応にいそしむことになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます