今日も情シスは恐怖に慄く

葉柚

第1話 誰でも見れる機密情報 前編






 入社して3年。仕事にも慣れてきた私こと、麻生 亜希子はその日も日々の業務に追われていた。

 高校卒業後に入社した地元企業の小さな小さなオフィス。

 頼りない知識でなんとか業務をこなす日々。

 それでも、この3年間はなんとか大きな問題を起こすこともなく毎日を乗り切っていた。

 

「はふぅー。癒しが欲しいよぉ。」


 まわりをみるとガタイの良い体育会系のおじさんばかり。

 ガテン系なので仕方はないと思ってはいるが、可愛らしい猫のような後輩が欲しいものだ。

 

「麻生さん。どうしたんですか?」


「はっ。私、声に出してましたかっ!?」


「ええ。そうですね。とても大きな独り言でした。」


 白髪交じりのほんわかとした雰囲気の年配社員である安藤 彰人さんに苦笑された。

 地元の小さな会社は年齢層が高い傾向にある。


「あはは。そろそろ後輩が欲しいなぁ~なんて。」


「そうですね。うちが大企業ならすぐにでも新人をいれられたんでしょうが、うちの会社は小さいですからね。これ以上IT部門に人は増やせませんよ。まあ、私が退職すれば別ですけどね。」


「安藤さんっ!そんなこと言わないでくださいよ。」


「3年もいたらもう一人前ですよ。安心して仕事を任せられます。」


 そう言って、安藤さんは私に微笑んだ。

 

 プルルルル。プルルルル。

 

 そんな他愛もない会話を安藤さんとしていると、突如机の上の電話がけたたましく鳴り出した。

 私は気を引き締めて電話の受話器を外す。

 

「はい。情報システム部の麻生です。どうしましたか?」


「麻生さん。おかしいんだ。私しか見れないはずのデータを何故か、部下の晴海くんが見ているんだ。」


「えっ!?どこに置いてあったデータですか?」


 伊藤人事部長の緊迫した声が私の耳に届く。

 晴海さんというのは人事部の社員でちょっとおっとりとしたところはあるが、不正は働くことのない人だ。

 考えられるのは、伊藤人事部長が間違えて晴海さんが見れる場所に重要なデータを置いたのではないかということだ。

 けれど、伊藤人事部長の慎重さからはとても考えられないことだ。

 

「社内のサーバに保存してあるファイルなんだ。私しかアクセス権がないと言われたフォルダなんだが……。」


「人事部長フォルダ、ですか?」


「ああ。そうだ。そこにしか保存していないファイルのはずなんだ。」


「アクセス権を確認してみます。しばらくお待ちください。」


「ああ。頼んだよ。」


 伊藤人事部長しか見れないはずのファイルを晴海さんが見ている。

 どういうことだろうか。

 私は不思議に思って、サーバの設定画面を開く。

 

「人事部長フォルダのアクセス権は……っと。」


 数ある設定の中から人事部長フォルダのアクセス権を確認する。

 そこには確かに伊藤人事部長のアクセス権しか付与されていなかった。

 サーバの設定には問題はないはずだ。

 では、なぜ晴海さんが伊藤人事部長しか見れないはずのファイルを見ているのか。

 次に私は、人事部長フォルダへの接続ログを確認した。

 そこには、伊藤人事部長のアクセスログしか記載されていない。

 やはり、伊藤人事部長がファイルを間違えて晴海さんがアクセスできる場所に置いたとしか考えられない。

 でも、あの慎重な伊藤人事部長がそんなことをするとは思えない。

 私は、伊藤人事部長に電話をかけた。

 数度のコール音のあと、

 

「はい。伊藤です。」


 伊藤人事部長が電話にでた。

 

「情報システム部の麻生です。今お電話大丈夫でしょうか。」


「ああ。大丈夫だよ。先ほどの件かい?なにかわかったかね?」


「ええっと。まだ……。あのっ、人事部長フォルダのアクセス権は問題ありませんでした。人事部長フォルダには伊藤人事部長しかアクセスできない設定になっております。その……晴海さんはどこから伊藤人事部長しかみれないファイルを見ていたのか、直接晴海さんに確認してもよろしいでしょうか?」


「ああ。構わないよ。だが、私が見る限り人事部長という名のフォルダだった。」


 伊藤人事部長の言葉に私は首を傾げる。

 人事部長フォルダにはアクセス権が設定されており、アクセスするためにはIDとパスワードが必要だ。パスワードは伊藤人事部長しか知らないはずだ。

 晴海さんが伊藤人事部長のパスワードを入手できるはずはない。

 もしかして、伊藤人事部長はパスワードを付箋かなにかでパソコンの近くに貼り付けていた、とか?

 でも、晴海さんが伊藤人事部長のパスワードを盗んでまで人事部長フォルダを除くなんて信じられない。

 私は急いで席を立つと晴海さんの元に急いだ。

 

「安藤さん。人事部に行ってきます。」


「はい。よろしくお願いしますね。」






☆☆☆☆☆






「晴海さん。今、お時間大丈夫でしょうか。お聞きしたいことがあります。」


 晴海さんはおっとりとした30代半ばの女性社員だ。

 お子様がまだ小さく時短勤務をしている。

 

「はい。伊藤部長から伺っております。私が見たらいけないファイルを見てしまったとか……。どうしましょう。私、フォルダにアクセスできたので見ていいものかと……。」


 晴海さんはおろおろと狼狽えたように視線を彷徨わせた。

 気弱な様子はウサギのように思えた。


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今日も情シスは恐怖に慄く 葉柚 @hayu_uduki

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