第37話 天国の門
東京都。千代田区。皇居地下。天道宮殿の裏手。
巨大な赤い鳥居の先に建造されるのは、『天国の門』。
天界と人間界の往来を可能とする、人智を超えた出土品。
物理的には開けず、正規の手順では精神的な部分が関係する。
「……」
門に触れ、思いを馳せるのは、長い銀髪の少女。
耳先は尖り、ピンク色の着物に、白色の下駄を履く。
白銀色の瞳を有し、物憂げな表情で門より先を見ていた。
――肩書きは、皇帝、祭祀王、大元帥など様々。
大日本帝国の統治者であり、政治的にも軍事的にも影響力は最上。
憲法改正案を議会に発議するのも、軍隊への最高指揮権も持っている。
「御無事ですかな、大元帥閣下」
そこに現れたのは、黒の軍服を着た白髪の老人。
左胸には、これまでの功績を記した略綬が多く並ぶ。
国家の存亡に関わる事態以外では、滅多に動かない部隊だった。
しかも、元帥が自ら動くのは稀。普段はデスクワークが基本になる。
――裏を返せば、よほどの事が起こった証とも言える。
彼が現れた以上、要点を説明しないといけない。
これまで起きた情報をまとめ、頭の中に羅列していった。
・【火】の概念消失。
・テロ集団の襲撃。
・『天国の門』が開く。
・四体の神の現界。
どれも国家転覆級の内容であり、情報の擦り合わせは必須。
現状の問題を共有して、的確な指示を飛ばすのが必要とされる。
「大事ありません。……それより、人命救助の方は滞りなかったですか?」
まず帝は、直近に下した命令の進捗を確認していく。
元帥には皇居周辺の警護よりも、市民の救助を優先させた。
ここに来たということは、恐らく、峠は越したと見てもいいはず。
「ひとまず落ち着いとりますが、【火】が戻らにゃあ収拾つかんでしょうね」
元帥はさらに先を見据え、会話を転がす。
【火】の概念消失の影響範囲は、多岐にわたる。
交通、医療、製造、兵器、挙げ出したら切りがない。
元に戻す方法が見つからなければ、国民の不満は爆発する。
遅くとも、明朝。政府から、公式の声明を発表する必要があった。
「その件は総理に一任したいところですが……今は音信不通でしたね」
皇帝は統治者と言えど、政治的な発言は許されない。
憲法の条文では『国政に関する権能を有しない』ともある。
総理大臣のように、災害時に国民に政策を示せる立場になかった。
「事故に遭うたのかもしれませんな。特命担当大臣に任せるのが無難でしょう」
問題への対処を外堀から埋め、ほんの少し会話が途切れる。
抱えている数々の問題を、いつ切り出そうか考えていた時のこと。
「……それより、宮殿で何が起こったか、聞いてもええですか?」
目を細め、元帥は単刀直入に尋ねてきた。
「実は――」
避けて通ることはできず、帝は正直に全てを明かした。
◇◇◇
東京都。千代田区。国会議事堂前。
貴族院と衆議院が存在する、国政の要衝。
そこに集結したのは、一人の人間と、三匹の鬼。
外見は問題ではなく、精神に潜んだ中身が問題だった。
「儂はここで座して待つ。おまんらは好きにせい」
最初に声を発したのは、霧生卓郎のガワをかぶる神だった。
襟足が長い金髪ホストのような見た目に反し、古風な言葉を扱う。
帝の予想では、ヌシノカミ。自国における最古の神と言われている存在。
「でしたら、わたくしは……御言葉に甘えて、伊勢方面へ向かうとしましょうか」
次に声を発したのは、紅白の巫女服を着た、長い銀髪の女鬼。
幼げな見た目とは不釣り合いな言動。口調には気品と年季があった。
帝の予想ではイザナミ。日本列島の生みの親とされ、黄泉とも因縁がある。
「母様に同行したいのは山々だが、俺様はあえて、大穴を狙わせてもらうぜぇ」
行き先を告げず、姿をくらまそうとするのは、黒服を着た青年の鬼。
赤髪のリーゼントが特徴的で、先の二名に比べて、言動が一致している。
帝の予想ではスサノオ。嵐と海を司り、大蛇退治の英雄として語り継がれる。
「あぁ、どうしようかな。行く当てもないし、ついてくよ、兄上」
最後に声を発したのは、灰色の着物を着た、金髪の鬼。
花魁風の髪形で、後ろ髪は金のかんざしで留められている。
帝の予想ではツクヨミ。月を司り、夜を統べる神とも言われる。
――各々は、離散。
ヌシノカミは議事堂前。イザナミは伊勢。スサノオとツクヨミは不明。
向かう方向は別々だったものの、それぞれが掲げている目的は共通していた。
――アマテラスの依り代『八重椿』。
彼女を見つけることを最優先とし、行動する。
見つけた先に待ち受けるものは、まだ分からなかった。
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