第38話 師匠


 生駒山地を北東に進んだ先には、開けた場所があった。


 レクリエーションの場として開拓された、山間の公共施設。


 広場、レストラン、テニスコート、フィールドアスレチック等。


 野外での娯楽を前提にした空間に、夜助たちは足を踏み入れていた。


 今は営業時間外であり、入り口の看板には『生駒山麓公園』と書かれる。


「……こりん奴じゃな。八つ目の滅葬具なんぞ知らんと言っておろうが」


 夜助は、舗装された道を振り切るように走っている。


 背後には猛スピードで食らいつく、給仕服を着た女性の姿。


「嘘が下手なこと。顔には心当たりがあると書かれておりますよ」


 あれ以降も、アンナは一向に諦める気配がない。


 直接的な攻撃は止めたものの、間接的な尋問は続く。


 納得する材料が出ないと、地の果てまで追うような状態。


 戦っても負けはせんが、逃げ切るのは至難の相手だと言えた。

 

 それほど追うのが上手い。移動に関して言えば、アンナが上じゃ。


「底意地が悪いと見えるな。……誰に狩りを習った」


 レストランを横目にして、夜助は話題を逸らす。


 諦めさせるためには、何かきっかけが必要じゃった。


 それなりに年を重ねたおかげで多少のコネは持っておる。


 関係者が師匠なのであれば、解決の糸口が掴めるやもしれん。


「ミーナ・グレンツェ。……と言っても、存じ上げないでしょうが」


 アンナは快く質問に応じ、師匠の名を明かす。


「……」


 あまりにも大物過ぎる相手に、思わず足が止まった。


 ここでハッタリをかます必要はなく、恐らく事実じゃろう。


 アンナが『魔法使い』に至れた理由が一発で説明がついてしまう。

 

 ――なぜなら。


 「虚無の超越者……。そんな大物と何処で知り合うた……」


 この世に五人いると噂される、『魔法使い』の一人。


 虚無の概念を超越し、無から有を生み出す魔法を有する。


 意思能力でも代用できそうに思えるが、規模も精度も段違い。 


 芸術系の得意分野、創造可変を伸ばしても、決して至れない領域。


 ――世界の上に世界を作る。


 閉じられた独創世界とは違い、開けた現実世界に干渉。


 ルールや生態系を設定し、元から存在したように創造する。


 一度作れば、維持するコストは不要で、半永久的に残り続ける。


 芸術系における秘奥。独創世界で満足しよる使い手とは、格が違う。


 神に最も近い人類。唯一無二の存在であり、再現性などは皆無じゃった。

 

「ミュンヘンのマリエン広場にある喫茶店。そこで声をかけて頂きました」


 偶然と呼ぶには、あまりに必然めいた出会い。


 巧妙に仕組まれたような、因縁じみた何かを感じる。


「……」


 夜助は再び口を閉ざした。絶句した状態で、思考に耽っていく。


「もしや、師の作品に触れられた?」


 勘ぐるように、アンナは探りを入れてくる。


 一見、何でもない会話に聞こえるが、中身は違う。


 世界の本質に迫るものであり、無関係とは言い難いもの。


「植物で発展した世界。奇書『ヴォイニッチ手稿』の元ネタを冒険した」


 夜助が語ったのは、イタリアの寺院で発見された謎の書物。


 正体不明の文字で書かれ、絶滅種にも該当しない植物が載る本。


 様々な憶測や、議論が交わされるが、今もなお解読が終わってない。


 良識のある者なら鼻で笑って終わりじゃが、その本質に触れてしまった。


 ――舞台はマンハッタン地下。


 マーレボルジェと呼ばれた、適性試験の地。


 その更に下には、ダンジョンが形成されておった。


 特殊な草や魔物、魔術書や邪遺物イヴィルが自動的に生成される。


 奴には隠したが、ダンジョンは踏破済みであり、終わりを見た。


 ――通じておったのは、バチカン市国。


 厳密に言えば、サンピエトロ大聖堂の地下にある扉。


 そこには、『ミーナ・グレンツェ』と銘が刻まれておった。


 エンディングを見た者でしか、正体は分からない仕様と言える。


「珍しい……。正規の攻略手順で、師に至る方がいらっしゃったとは……」


 さすがは弟子と言うべきか、すぐに言葉の裏を見抜かれる。


 それほど、ミーナに至る手掛かりは少ないと見るべきじゃろう。


 色々と思うところはあったが、その事実を踏まえると疑問が生じる。


「なぜ、師に頼らん。滅葬具よりも上等なもんを作ってもらえるじゃろ」


 夜助が尋ねるのは、アンナが掲げている目的の矛盾。


 ミーナ作の武器なら『特定外来種の駆逐』は恐らく可能。


 答えは手元にあるのに、わざわざ遠回りしてるように思えた。


「師は気まぐれな方。興が乗らなければ、弟子の私欲には手を貸しません」


 アンナは、割と筋が通った回答を添えた。


 真偽は不明じゃが、あり得なくはないじゃろう。


 ミーナの人となりを知れば判別できるが、今は不可能。


 与えられた情報だけで考察を進める以外に、方法はなかった。


「仮に事実だとして、わしが手を貸すメリットはどこにある」


 ひとまず変に疑ることなく、話を進める。


 乗るか乗らんかは、内容次第で決めてもいい。


 最低条件は『特定外来種』の鬼に手を出さんこと。


 それさえ満たすのなら、手を貸してやっても良かった。


「過去か未来に伝言を送る権利を差し上げます。貢献なされば、ですが」


 アンナがチラつかせたのは、飴の部分。


 彼女の魔法を使えば、容易く可能じゃろう。


「悪くはないが、わしが気になるのは『特定外来種』の駆逐対象じゃな」


 前向きに発言を受け止めて、夜助は議論を進める。


 『特定外来種』の駆逐を掲げる以上、過激な思想を持つ。


 ここからは相手の地雷を踏まず、慎重に接する必要があった。

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