第32話 イザベラ・レナトスの思惑②


 数日前。赤い月に照らされる怪しげな城が存在していた。


 現実世界か、独創世界か、はたまた、異世界と接続するのか。


 背景情報は不明ながらも、そこで行われている目的は明確だった。


 ――王位継承戦。


 イギリス王室の次期国王を決める戦い。


 第一王子から第五王子と、各陣営人が参加者。


 その舞台に選ばれたのが、バッキンガム宮殿の地下。


 『分霊室』と呼ばれ、第一区画から第四区画まで存在する。


 その最奥で待ち受ける、初代王の霊体を倒した王子が勝者となる。


 ――ここは第三区画の一角。


 白い回廊の中には、複数の扉があった。


 その先に広がっていたのが、怪異がいる城。


 攻略すれば、第四区画に進めるというギミック。


 進行度なら中盤と言う場所で、全滅の危機にあった。


「第一王子と第二王子の連合チームがこんなものぉ? 口ほどにもないね」


 十二角形の室内に、十二枚の窓が存在した洋風の部屋。


 青と黒のローブ服に身を包む、小柄な青髪の男性が言った。


 手には木彫りの杖を持ち、辺りには七名ほどの参加者が倒れる。


 正体は霊体アルカナ。第二王子の未来の姿が障害として立ち塞がる。


 継承戦の本命、第一王子と第二王子も倒れており、戦意があるのは一人。


 唯一カーテンが開く窓から見える赤い月の光を背景に、意気揚々と言い放つ。


「勝手に終わらせんじゃねぇよ、ダボ。勝負はこっからだろうが」


 黒服を着た、短い青髪の女性。ラウラは孤軍奮闘を余儀なくされていた。

 

 ◇◇◇


 分霊室。第三回廊区。怪異の城内、最上階。


 ラウラ対霊体アルカナ戦は大詰めに入っていた。


一斉再総送信オールバースト・リダイレクト。件名:破邪顕正ヴィア・クルシス


 ラウラの拳が霊体アルカナの頬を捉え、発するのは敵の必殺。


 意思能力『切り取りカット貼り付けペースト』における奥義と呼べる技だった。


 目で相手の技を確認し、切り取りカットで発動分のセンスを蓄え、対象を殴る。


 その工程を一時間以内に行えば、相手の能力の完全再現が可能となっている。


 ――破邪顕正ヴィア・クルシスは霊的特攻の技。


 空中には無数の白い十字架が出現し、降り注ごうとしている。


 元々は、怪異の城の最上階に待ち受ける吸血鬼を一撃で葬った技。


「……ま、待って。それは、聞いて――」 


 霊体アルカナは、拳を受けて、体勢を崩していた。


 彼の左手には、右腕のミイラに包帯が巻かれた物がある。

 

 ――ネクロノミコン外典。

 

 包帯の下には、無数の魔眼があり、それを切り札としようした。


 一度目と同じように、『起動アウェイクン』という詠唱で包帯を解除を試みていた。


 ――しかし、不発に終わった。


 二度目なら『再起動リウェイクン』という詠唱文が必要だったとラウラは予想する。


 実際、彼女は二度目の一斉総送信オールバーストに『リダイレクト』を付け加え、精度を向上させた。


「お前の敗因は、言語センスの差だ。もっと言葉には気を配るこったな」

 

 勝敗を分けたのは技名のニュアンスだと確信し、背中を向ける。


 それを機に、空中に浮かんでいた、無数の白い十字架が降り注いだ。


「――――――ぁぁぁあああああ……ッ!!!」


 悲痛な断末魔を上げ、霊体アルカナは消滅する。

 

 杖とネクロノミコン外典を落とし、ラウラは勝利した。


 その余韻に浸るように、彼女は窓の外に広がる景色を眺める。


 そこには、眦から涙をこぼれ落としたような、赤い月が見えていた。


「月が、泣いてる……?」


 奇しくもそれは、『白き神』の完全復活に必要な工程。


 白き神を宿す依り代が、大量の善人を救い、流血を止める。


 救ったのは数名だったものの、月の儀式の条件を簡易的に満たす。


 それに紐づいて、イザベラ・レナトスの次善策が発動することになった。

 

「――――」


 ラウラは目を見開き、胸を抑え、地面に倒れ込む。


 直後、赤い月から紫色のセンスが降り、彼女に宿った。


 それは、イザベラの魂。死してなお残っていた、残留思念。


 白き神の依り代。月の儀式との因縁。加害者ジェノの意中の人。


 様々な厳しい条件をクリアして、ようやく発動可能となった離れ業。


 ――『魂の転写』の遠隔操作。


 手で対象に触れなければ発動しない縛りを省略した。


 儀式が簡易的で止まったことも、イザベラに味方している。


(想像以上に上手くいったようだね。場が整えば、アタシの意のままに……)


 人類の約半数の殺害。犯罪を起こす可能性のある人間の排除。


 その主導権をイザベラは握る。大量の善人を救えば、条件は整う。


 依り代に縛られない完全自立した神が現れ、止める手立てはなくなる。


「――白き神の器。一丁上がりっすね」


 時と場を同じくして、死んだ振りをするメリッサは一部始終を見ていた。


 彼女の計画が上か、イザベラの思惑が上か、その時が訪れるまでは分からない。


 ◇◇◇


 王位継承戦の翌日。ミュンヘン。ドイツ博物館地下一階。


 継承戦で父ラウロの生存を知ったラウラは、手掛かりを追う。


 渦中にいるは、カモラ・マランツァーノ。ラウロの家業を継いだ者。


 組織『ブラックスワン』に属しながら、ドイツで行方不明となっていた。


「ここが、最終目撃地点か……」


 ラウラは組織の帰還命令を無視し、独断で動いていた。


 地下一階には、鉱山業を再現する洞窟状のジオラマが広がる。


 洞窟内にはレールが引かれ、トロッコと木造扉が眼前に見えていた。


 失踪者の捜索を専門とするパオロの情報では、ここにカモラがいたらしい。


「来てみたはいいが、すぐに見つかるわけはねぇよな……」


 首を左右に振りながら、ラウラは途方に暮れる。


 どう考えても行き止まり。それらしい痕跡は残ってねぇ。


「こんなことだったら、無理にでも、あいつらに加勢してやるべきだったかもな」


 頭の片隅に蘇るのは、継承戦でのアミとの会話。


 『滅葬志士』という組織から課された命令への反発。


 『ジェノを殺せ』。それを反故にするために必要な工程。


『……総棟梁の呪縛から解放されたい。一緒に倒していただけませんか』


 命令を下した、組織の長へのクーデター行為。


 あの時は協力すると申し出たが、有耶無耶になった。


 アミが断りを入れて、自分のことを優先することになった。


 気を遣われただけだと分かっていたのに、気付かないフリをした。


「独断で動ける猶予は二日ある。今からでも……」


 それが今になって、後ろ髪を引かれるような思いに駆られる。


 ありもしない痕跡を探すぐらいなら、助けに行った方が有意義な気がした。


「お待ちしておりました。ラウラ・ルチアーノ様。どうぞこちらへ」

 

 そこに現れたのは、金髪の両サイドをおさげにした少女。


 体躯は小さく、黒い給仕服に身を通し、頬にはそばかすがある。


 手には赤い星型の髪飾りを持っており、ジオラマの扉にかざしていた。


「あ? 誰だ、てめぇ。まずは名を名乗れよ」


 ラウラは反射的にセンスを纏い、威圧するように尋ねる。


「申し遅れました。私はニコラ・フラメル。魔術商社『リーガル』の研究部長」


 生意気そうな見た目の割に、個性を押し殺して、敬語に徹する。


 気になるなのは、続きの言葉。こいつの話は本題に入っちゃいねぇ。


人体錬成体ホムンクルスに『魂の転写』をしていただきたい。報酬はカモラ・マランツァーノの居場所となりますが、いかがでしょうか?」


 明かされたのは、いかにも食いつきそうな餌だった。


 可能なら罠でも飛び込んでやるが、能力には限界がある。


 『切り取りカット貼り付けペースト』だと、魂のコピーは、恐らく不可能だ。


 細かい理屈は抜きにして、できるイメージが全く湧いてこねぇんだ。


 意思の力はイメージ力が全てだし、無理だと思えば、確実に実現しねぇ。


「魅力的な提案だが、そいつは……」


 ラウラは条件を正確にくみ取りつつ、断りを入れようとする。


 その瞬間、テレビのチャンネルが切り替わったような光が走った。


 肉体を通じて共存する何か。深層意識にいた人格が表層意識に現れる。


「アタシが責任をもって受けさせてもらうよ。さっさと案内しな」


 人格交換の主導権を握るイザベラは了承し、思惑は更なる加速を果たした。

 

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