第33話 嵐の前の静けさ


「――以上が私の予想よ。反論があるなら、受け付けるわ」


 リーチェは船内の台所で、つらつらとイザベラの空白を埋める。


 内容は概ね正しい。継承戦からドイツまでの流れは、ほぼ合致する。


(状況証拠だけでよくやるねぇ。これも犯人捜しの一環ってわけか)


 ラウラの肉体に宿るイザベラは、内心で賞賛する。


 ヤツとは継承戦で遭遇したが、常に一緒じゃなかった。


 怪異の城での出来事も、ドイツ博物館の出会いも見てない。


 つまり、伝聞と船上のやり取りだけで真実に至ったことになる。


 その上で焦点となるのが、嘘をつくか、認めるかの二択だと言える。


(誤魔化すのは……現実的じゃなさそうだね)


 諸々の事情を考えた上で、イザベラは厳しい現実を受け入れる。

 

 内容に少しでも矛盾があったら乗り切れそうだが、そうもいかない。


 『認める』のは確定だとして、どこまで思惑を隠せるかが肝になってくる。


「よく分かったね。特に反論はないよ。アタシこそがイザベラ・レナトスさ」


 突き立てた包丁を抜き、まな板とカレイを回収し、告げる。


 この後の展開は、リーチェの反応次第で180度変わってくる。


 ドイツ以降の話。『根本』まで触れるなら消さないといけない。


「意外ね。もっと誤魔化すのかと思った」


「こう見えても効率厨でね。無駄なことはしたくないのさ」


 適当に会話を転がし、『その時』を待つ。


 予測不能の領域であり、ここは予言の外にある。


 『書』の対象はイザベラ個人。ラウラの運命は別だった。


「……何か企んでいそうだけど、今はどうでもいい」


 リーチェは視線を切り、自身のまな板に向かい合う。

 

 置かれているヒラメを見つめながら、冷静に思惑を口にする。


「『鮨』を作ってここを出る。邪魔するつもりなら潰すから」


 ◇◇◇


 トルクメニスタン。首都アシガバート近辺、砂漠地帯。


 障害物はなく、近くには山岳と乾燥した草しか生えてない。


 第三者にも介入されにくく、タイマンには理想の舞台と言える。


「……その子は、お使いにならないの?」


 対戦相手であるミーアは、不思議そうに小首を傾げる。


 視線の先には、地面にポツンと立っているニワトリがいた。


 聖遺物レリックだと見抜いた上で、使わないことを不思議に思っている。


「こいつを使えば二対一になる……。それは俺の流儀に反するんでな……」


 ベクターは真っ向から言葉を受け止め、答える。


 そして、自然体のまま拳を構え、その時を待ち詫びる。


「納得の理由ですわね。もしかして、意思能力もない方がよろしい?」


 ダンスの足並みを揃えるように、ミーナは入念に確認を重ねる。


 ここまで来た以上、謀る気はないだろう。とことん愉しむつもりだ。


 互いの目的は、似て非なるものではあるものの、方向性は合致している。


「手加減は無用だ……。最初から全力で来い……」


「委細承知。……では、心行くまで踊りましょう」


 赤と黒。異なるセンスを纏い、望み通りの闘いは始まる。


 理想の舞台と相手が揃いながらも、なぜか胸騒ぎが止まらなかった。

 

 ◇◇◇


 トルクメニスタン。首都アシガバート近郊。コペトダク山脈。


 首都を安全に見下ろせる高地に、ダンテ一行は戻ってきていた。


「……で、教皇とどうやって接触すんの? 姿隠して、正面突破?」


 やや不満げな顔で本題を切り出したのは、ソフィアだった。


 『地獄の門』が最優先だったが、今は『エリーゼ』を優先する。


 トルクメニスタンで処理すべき任務の一つであり、難易度は高い。


 実力面では劣らないが、正体を隠して接触する条件が足を引っ張る。


「いや、さすがに安直すぎるだろ。もっと慎重に計画を練るべきだ」


 その質問に対し、答えるのはダヴィデだった。


 冷静沈着に、論理的な思考で話を進めようとしている。


 白黒をつけてやりたいところだが、今のところどちらも正しい。


 難易度は多少変わってくるだろうが、両方とも実行可能だと断言できる。


(微妙な塩梅だな。押し切れる何かがあれば……)


 貴重な時間を消費し、ダンテは頭を回し、現状の最善策を考える。


「「「……」」」

 

 そんな時、決して遠くはない場所から、濃いセンスを感じる。


 気配からして、一対一。それも素人ではなく、かなりの実力者だ。


 不思議と笑みがこぼれ、頭の中で急速にパズルのピースが嵌っていく。


「ついてこい。奴らに『恩』を売るぞ」


 ダンテは必要最低限の情報で指示を出し、駆けた。


「あいあいさー」


「承知しました」


 二人は一切の文句を挟むことなく、満足げに後をついてきた。

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