第28話 質問勝負


 深夜の鴻池新田会所。国指定の重要文化財施設。


 対象は本屋、屋敷蔵、文書蔵、米蔵、道具蔵の5棟。


 どれも瓦屋根の木造建築で伝統的な趣が残っています。


 訪れたのは、リアさんと腰を落ち着けて話すためでした。


 ――5棟ある候補の中で選んだのは、座敷蔵。


 回り廊下に腰を下ろし、見えるのは池泉回遊式庭園。


 さらに遠方には、生駒山の借景を拝むことができました。


 風情は抜群と言える場所で始まろうとしているのは質問勝負。


・ルール。親が質問→子が答える→攻守交替。


・勝敗条件。知っているけど答えたくない質問なら負け。


・報酬。勝者は敗者を協力者とする。縛りや強制力のない対等な関係。


 以上がおおまかな内容で、至ってシンプルな勝負でした。


 早期で決着する可能性が高く、リスクもそこまでありません。


 それでも勝負に持ち込んだのは、『納得して』帰っていただくため。


「親はそちらからで構いません。先ほど質問させてもらったばかりですしね」


 正面にある庭園を眺めつつ、私は話を切り出しました。


 事の発端は『質問漬けはフェアじゃない』というクレーム。


 リアさんが口にしたもので、勝負の内容からしても先攻が有利。


 よっぽどの理由がない限り、不平や不満は出てこないと思われます。


「いや、勝負となれば、話は別。吾輩は後攻でいい」


 しかし、意外にもリアさんは、不利な方を選択。


 勝負には慎重なご様子で、疑り深い性格のようです。


 この場で『NO』と口にした以上、撤回もしないでしょう。


「承りました。でしたら、私が先攻として質問勝負を始めさせていただきます」


 私は隣にいるリアさんの見つめ、開始を宣言しました。


 そこに客観的な勝敗を下せる審判はおらず、あくまで遊戯。


 お互いの懐をフェアに探ることを趣旨とした、ただの言葉遊び。


 しかし、勝負という名目な以上、負けてあげるわけにもいきません。


 ――初手で詰ませる。


 その覚悟と気概をもって挑まなければ、失礼というもの。


 『早期決着』を望んでいる、こちらの都合にも合致しています。


 手加減をする理由などなく、移動中に質問の内容は考えていました。


 推論に推論を重ねた不確かなものですが、それなりの自信がありました。


「私に接触するきっかけとなった、勝負の詳細を話してくれませんか?」


 その質問に対し、リアさんは少し驚いた顔をしていました。


 当てずっぽうでしたが、全くの的外れというわけでもないようです。


 仮に事実なら言いたくないはず。ここで勝負がついてもおかしくありません。


「ほんの数時間前まで、マカオにあるカジノで『冥戯黙示録』という賭場が行われておった。ルールは、参加者の命をチップに換算し、様々な遊戯や博打を行ってチップを増やし、上階を目指すというシンプルなモノ。担当したのは、吾輩を含めた第一級悪魔五匹。勝者には、吾輩たちの使役権が与えられるというものだった。その勝者を決める最後の博打で吾輩は負け、ルーカス様が勝利した。厳密に言えば、博打というより詐欺だったな。当時、ルーカス様は『冥戯黙示録』の勝利条件を満たした状態で現れていた。それを知った上で博打を持ちかけたが、事前に説明していたクリア条件の注意事項を引き合いに出し、博打をせずに終わった。それが勝負の詳細。そちらに接触することになったきっかけでもあるぞい」


 しかし、一筋縄ではいかず、リアさんは淀みなく説明をしていました。


 情報量は必要最小限で、余計なことは一言も漏らしてないように思います。


(質問は『勝負の詳細』。肝心の『接触するきっかけ』は話してくれませんか)


 未熟な者であれば、ポロッと言ってしまいそうですが、手堅い。


 情報量を絞ることで、質問する回数を増やさせる作戦のようですね。


 『後出しはしない』と言ったことに反応したのも、彼女自身がそうだから。


 盤外戦術は行わないタイプなのでしょう。恐らく、誰よりもルールを重んじる。


「私のターンは終了です。質問をどうぞ」


 文句のつけようがなく、私は潔く攻守を交替しました。


 この時点で想定したよりも長引きそうな予感がありました。


 負けるにしてもタダでは転ばない。そのような気がしています。

 

「吾輩のターンであるな。では、単刀直入に聞かせてもらおう」


 彼女は丁寧に前置きを挟み、真剣な表情を作っています。


 自ずと緊張感が高まりながらも、ワクワクする自分がいました。


 一連のやり口が、かつての主、ツバキ様に似ていたからかもしれません。


「鬼を生み出した元凶の所在地を話せるか?」


 リアさんが口にしたのは、非常に答えにくいもの。


 知っていても、どうしても言いたくない。的確な質問。


「それは――」


 私は諸々の事情を天秤にかけ、今の自分の心が向く先を選択しました。

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