第27話 時代精神


「唸れ、怒髪大鯰どはつおおなまず!!!!」


 深夜の生駒山地。その地面に右拳を打ったのはアンナだった。


 両手には銀のメリケンサック。滅葬具『砕拳・怒髪大鯰』を持つ。


 威力を増強するだけでなく、滅葬具は総じて固有の能力を秘めていた。


「――」


 夜助の足元に生じるのは、隆起した地面。


 先の尖った岩の柱が、左頬をわずかにかすめる。


 損傷は軽微。身を後ろに逸らし、回避を果たしていた。


 ――能力は『地面の干渉と操作』。


 範囲と精度は、使い手の打撃力とセンスに依存する。


 敵が繰り出したのは初歩の初歩。最初に覚えるであろう技。


 手の内を知り尽くした愛器に、後れを取るわけにはいかんかった。


(ここまでは想定通りじゃが……)


 夜助の頭によぎっているのは、別の脅威だった。


 種の割れた能力なら、いくらでも対応できる自信はある。


 ただ、滅葬具の面倒臭いところは、本人由来の能力ではないこと。


 ――固有の能力『地面』×個人の能力『???』。


 後者が明かされていない以上、無限の可能性を秘めていた。


 予期することは不可能であり、組み合わせ次第では一手で詰まされる。


再試行ヴィーダーホーレン


 そこで耳朶を揺らしたのは、アンナの馴染みのない言葉。


 異国の言語に造詣はなく、意味を読み取ることはできんかった。


 ただハッキリしとるのは、奴が秘める個人の能力を使ったということ。


「…………」


 夜助は懐に手を入れ、取り出したのは白鞘のドス。


 刃渡り18cm程度の得物を抜いて、黒い刀身を露わにした。


 ――滅葬具『小刀・濡羽烏』

 

 戦獄時代に扱っていた、もう一つの愛器。


 夜闇が深ければ深いほど、力を発揮する代物。


 地の利を活かせるのは、こちらも同じだと言えた。


「――――」


 夜助は黒いセンスを身に纏い、小刀を横薙ぎに振るう。


 短いリーチを考えれば、敵には届かず、見当外れにも見える。


 しかし、刃は伸び続け、遠方の樹々を切り倒すほどの斬撃と化した。


 ――能力は『刀身の延長と切れ味の向上(夜限定)』


 目の前で死角となる岩柱ごと、横一文字に切り裂いていく。


 その延長線上には恐らく敵がおり、何かしらの反応を見せるはず。


「…………」


 真っ二つとなる岩柱の隙間に見えたのは、怒髪大鯰を握るアンナ。


 なんの捻りもなく、先ほどと同じ動作で、地面に拳を振るおうとしている。


(焼き増しで乗り切るつもりか? 芸のない……)


 容赦なく夜助は延長する刀身を迫らせ、勝負を決めにかかる。


 伐採される樹々の悲鳴を耳にしながら、殺さぬよう手心を加えようとした。


「唸れ、怒髪大鯰どはつおおなまず!!!!」


 直後聞こえてきたのは、先ほどと全く同じ台詞だった。


 並みの使い手であれば、鼻で笑い、そのまま振り切るだろう。


 ――だが。


「………………」


 夜助は迫らせた刃を急停止させ、後方に跳んだ。


 反射的に濡羽烏を元のリーチに戻し、周囲を警戒する。


「……せやぁぁっ!!」


 すると、上空から奇襲してきたのはアンナだった。


 裂帛の叫びと共に、左拳に握る怒髪大鯰を振るっていく。


(あちらは幻影で、こちらが本体か……? であれば……)


 能力を予想しつつ、拳が振るわれるまでの間に思考を回す。


 見切りをつけた夜助は、迫る拳の進行を阻むようにして刃を置いた。


「「――ッ!!!」」


 甲高い金属音を奏で、黒と赤。異なるセンスが衝突する。


 幻影や分身ではない手応え。実体を感じる確かな質量があった。


 力比べは、ややこちらが上。年老いたと言えど、男女の格差は消せん。


「大鯰が泣いておるぞ。宝の持ち腐れじゃな」


「濡羽烏が手に入るなら、涙の一つも見せましょうよ」


 劣勢とは思えんほど、アンナは余裕綽々と語っておった。


 会話は噛み合っておるようで、全く噛み合ってはおらんかった。


 互いに優勢であることを主張する。それが違和感を膨らませていった。


(妙じゃな……。強がりとは思えん……)


 ジリジリと肌が焼けるような感覚に襲われる。


 時間を追うごとに違和感は増し、正体は如実に現れた。


「……ッッ」


 地面は激震し、覚えのある超常現象が発生する。


 手が塞がった目の前のアンナでは、起こせないもの。

 

 そこから原因を紐解けば、薄っすら手の内が見えてくる。


(そうか……。こやつの能力は……)


 答えに行き着くと共に、隆起した地面が迫る。


 今度は首筋を切り裂いて、頸動脈から血が溢れた。


 赤い返り血を浴びるアンナは、意気揚々と語り出した。


時代精神ツァイトガイスト。私の精神体は時間の概念を超越する」


 明かされるのは能力の概要と、肩書きの開示。


 世界の概念を超越する存在は、こう呼ばれている。


 ――『魔法使い』と。

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