第29話 妖術
三重県。伊勢市。おはらい町。
伊勢神宮内宮から続いている大通り。
食べ物屋や土産屋が建ち並んでいる観光地。
通りの建物は、瓦屋根で木造。和の名残があった。
深夜ということもあり、残念ながら、店は閉まっている。
普段なら観光客で賑わうが、今は全く別の意味で賑わっていた。
「……」
ツバキの黄金色の瞳に映るのは、担架で運ばれる人々。
暴走した車が通りの建物に突っ込み、被害者を出していた。
「助けにいきたいかい? 見ず知らずの他人を」
隣で同じ光景を見るマルタは、ふと尋ねてくる。
語順に悪意を感じるものの、至極真っ当な反応だった。
恐らく、助けたいと言えば、渋々ながら手伝ってくれるはず。
問題は、目的を後回しにして、人助けをする必要があるのかどうか。
(ナナコなら、助けたのであろうな……)
袖を引っ張られ、有無を言わせず助ける光景が思い浮かぶ。
ただ、そうならなかった時点で、答えは出たようなものだった。
「いいや、わらわは助けん。天道宮殿で夜助を待ち受ける」
ナナコは心を鬼にして、現状の目的を優先する。
その選択が、より多くの人を助けることになると信じて。
◇◇◇
不覚を取った。岩柱が頸動脈を切り裂いた。
溢れ出る鮮血が、黒い和服を赤く染め上げていく。
普通なら致命傷。再生特化の能力者でも助からんレベル。
「…………」
しかし、夜助の傷は見る見ると塞がっていく。
引き裂かれた神経と血管は繋がり、皮膚に覆われる。
それは鬼や悪魔と同じ類のように見えて、厳密には異なる。
鬼なら角、悪魔なら脳のように弱点が存在するが、夜助にはない。
――『不死』。
南光防天海の殺害時に継承された、妖術の類。
不幸や災害をもたらす原因として確立したジャンル。
意思の力とは一線を画し、意図して操ることはできぬもの。
科学的でも合理的でもなく、超自然的で運命的なものに由来する。
――例えば、地震が起こって人が死んだ場合。
地下にある岩盤のズレが地震とされるが、これは『過程』。
その時、地震で人が死んだ『原因』は不幸や不運で片づけられる。
なぜなら、災害は厳密に予期できず、死因は偶然としか言えないからだ。
――妖術の根幹はここにある。
偶然の『原因』を突き詰めた、ある種の学問。
再現性や方法論の確立よりも、『なぜ』を掘り下げた。
岩柱で死ねない『原因』は『不死』だが、『過程』は『不明』。
因果や運命を支配できないように、解き明かせない異能力も存在する。
――それが妖術。
分からないという神秘性が、術を強固にすると感じている。
ゆえに弱点は存在せず、意思の力が浪費されることもなかった。
「まだ続けるか? 小娘」
ギロリと鋭い眼差しを向けて、夜助は問い質す。
実力者であることは認めるが、負ける気はせんかった。
『原因』→『結果』は対で、『不死』→『死亡』は結果が弱い。
実力差や能力以前に、『死亡』に導かれる流れや舞台ではなかった。
――負けるとすれば、『不死』→『不死殺し』。
このように対極に位置する結果をあてがわれ、ようやく死ねる。
言葉遊びや連想ゲームのように思えるが、妖術の肝はここにあった。
「いいえ。勝てる未来が見えません。ここまでにしておきましょう」
すると、アンナは見切りをつけ、怒髪大鯰を懐にしまう。
思ったよりも聡い。馬鹿と利口の両方を兼ね備えておるようだ。
無理だと判断すれば、すぐさまにブレーキを踏める理性を感じられる。
「互いに手の内を見せた以上、痛み分けか。……して、この後はどうする」
濡羽烏を懐にしまい、夜助は話を先に進める。
戦うフェイズは終わり、次に目を向ける段階じゃった。
「不躾なお願いですが、八つ目の滅葬具探しに協力してもらえませんこと?」
アンナは殺そうとした相手に、助力を要請した。
言ってることはまともじゃが、失礼にもほどがある。
身なりや言動の割に、相応の良識は備わっておらん様子。
無碍にしても責められんほどの、『不幸』な被害者ではあった。
「目的によるな。手に入れて、何を成そうとするつもりじゃ」
ただ、互いに滅葬具を持っているという共通点がある。
とても偶然とは思えず、夜助は前向きな反応を見せていた。
内容によっては、同行させる。その可能性も頭に入れておった。
「――特定外来種の駆逐。それ以上でもそれ以下でもありません」
明かされたのは、強すぎる思想。ナナコにも危険が及ぶ目的。
しかし、滅葬具という因果からは、切っても切れない問題じゃった。
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